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新説 桶狭間合戦 知られざる織田・今川 七〇年戦争の実相 学研新書
814円
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 学習研究社 |
発売年月日 | 2008/09/11 |
JAN | 9784054039094 |
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新説 桶狭間合戦
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商品レビュー
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点在する資料を織田・今川を取り巻くマクロ的視野から分析することで桶狭間の実状を浮かび上がらせる。 さすがに「義元が上洛を目指して行軍中、油断、慢心して桶狭間の窪地で休息中に奇襲にあった」などという説は全く信じるに値しないとは思っていたが、 では実際にはどういうことだったのかという...
点在する資料を織田・今川を取り巻くマクロ的視野から分析することで桶狭間の実状を浮かび上がらせる。 さすがに「義元が上洛を目指して行軍中、油断、慢心して桶狭間の窪地で休息中に奇襲にあった」などという説は全く信じるに値しないとは思っていたが、 では実際にはどういうことだったのかというところも抜けていたので、読後、いろいろ府に落ちる感じがした。 桶狭間合戦は正面攻撃&別働隊による側面攻撃という常道の戦略であり、それは姉川、長篠でも行われているものとの指摘に納得。
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桶狭間の戦いといえば織田信長が油断をして酒を飲みながら昼食を食べていた今川を破ったということで歴史の授業で習いましたが、本当にそうなのだろうかと思っていました。 最近は定説を覆すような内容の研究も認められてきているので、定説とは違う内容も本に纏められ始めていると思います。歴史...
桶狭間の戦いといえば織田信長が油断をして酒を飲みながら昼食を食べていた今川を破ったということで歴史の授業で習いましたが、本当にそうなのだろうかと思っていました。 最近は定説を覆すような内容の研究も認められてきているので、定説とは違う内容も本に纏められ始めていると思います。歴史の真実は一つだとは思いますが、記述は誰が書くかによって何通りもあるかもしれません、多くの説を読んで真実に迫れたら嬉しいです。 以下はためになったポイントです。 ・我々が桶狭間について知っている内容は、信長記に基づくが、これは1604年(慶長9年)に書かれたものである(p18) ・今川と織田信秀の動員力は以前は変化無かったが、1554年に今川・北条合戦が和睦になり三国同盟(今川、武田、北条)ができたため差がついてきた(p94) ・1552年には今川家の分国支配の基本法令(今川仮名目録)を出す等、検地も進み、直轄領も増えていた(p99) ・戦国時代の常識として、3日分の食糧は各自が持参するという自己負担の原則があった、それにも拘らず今川氏は駿府から沓掛の5日間の経費(現代の貨幣価値で1億円)を負担した(p139) ・織田信長が拠って立つ財源である津島、熱田を孤立化させ、経済的に干上がらせることが織田氏の軍隊編成を大いに弱体化させるという義元は素晴らしい大将である(p160) ・今川の最大動員力は2万とすると、5000を領国の守備に残す、さらに各砦に割くことを考えると、義元本隊は1.2万程度となる(p177) ・尾張八郡のうち六郡で36万石とすると、9000人の動員が可能、尾張各所に2000、砦に2000とすると、本隊には5000程度となる(p180) ・鳴海城を守備していた岡部元信は、佐々成政の猛攻に耐え抜いた、更には義元の首級を引き取った人物である(p227) ・大船団を率いて大高城に来航していた服部水軍は、予定していた今川兵を積載できなかった(p242) ・信長は、別働隊による迂回攻撃戦術は、姉川の戦いや長篠の戦においても利用したもの?である(p245)
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本書は有名な桶狭間の合戦を検証した本である。この合戦には、いろんな説がある。私が子供の頃はドラマでも小説でも「桶狭間という窪地で今川義元というバカ殿が天才信長に討ち取られる」という筋書きであったが近年は研究が進み、桶狭間山で合戦があったとされている。(もちろん今川義元の人物像も見...
本書は有名な桶狭間の合戦を検証した本である。この合戦には、いろんな説がある。私が子供の頃はドラマでも小説でも「桶狭間という窪地で今川義元というバカ殿が天才信長に討ち取られる」という筋書きであったが近年は研究が進み、桶狭間山で合戦があったとされている。(もちろん今川義元の人物像も見直されている) 本書は図版も多く丁寧な作りである。(ただし織田信秀失脚の項には頷けない) それにしても面白いのは同じ資料から異なる説が出てくる事である。そして歴史の真実は誰にもわからないのである。これからも新説があらわれるかもしれない。
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