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私のひめゆり戦記
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | ニライ社/新日本教育図書 |
| 発売年月日 | 1994/01/15 |
| JAN | 9784880241760 |
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私のひめゆり戦記
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商品レビュー
4.3
3件のお客様レビュー
戦争の悲劇とその影響を生々しく描いた作品は、沖縄戦の実体験を通じて、学徒たちの苦悩や生き残りの証言を伝えています。著者は、ひめゆり部隊の一員として過酷な状況を生き抜き、戦争の愚かさを後世に語り継ぐことに尽力しました。彼女の詳細な記憶や友人、教師たちとの関わりは、読者に深い感動を与え、戦争の現実を直視させます。
また、著者の言葉は、戦争が突如として訪れるものでなく、気づかぬうちにその道へ進む危険性を警告しています。過去の出来事を振り返ることで、現代社会における防衛費の増大や戦争に対する無関心についても考えさせられます。著者との出会いは、学徒隊に対する理解を深めるきっかけとなり、戦争の教訓を心に刻む重要性を再認識させてくれます。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
英語の授業をみんなで脱走。バレても、私たちは悪くないですから、という態度。しかし、家に電話するぞ!と言われると泣いて平伏して誤った笑 美人投票 戦争は、ある日、突然やってくるものではありません。気がついたら戦争への道巻き込まれていたと言うことになるのです。 沖縄には「命ドゥ宝...
英語の授業をみんなで脱走。バレても、私たちは悪くないですから、という態度。しかし、家に電話するぞ!と言われると泣いて平伏して誤った笑 美人投票 戦争は、ある日、突然やってくるものではありません。気がついたら戦争への道巻き込まれていたと言うことになるのです。 沖縄には「命ドゥ宝」という言葉があります。これは「命こそ最も大切だ」ということです。沖縄の私たちは、戦争であまりにも多くのものを失った代わりに、たった1つ「命ドゥ宝」と言うことを学び取りました。二度と私たちのような戦争体験をしてはならないのです。戦争は人間は人間でなくしてしまうんです。日ごろの常識は、全くなくなってしまいます。軍隊は住民を守りません。年寄りや子供たちのように弱い物ほどひどい目に合うのです。 今度戦争になると核戦争です。どうなることでしょう。考えただけでも恐ろしくなります。41年前の6月、島尻(沖縄本島南部)の最南端、喜屋武岬の断崖に追い詰められた時、現在のひめゆりの塔の壕で、ガス弾や黄燐弾、手榴弾など投げ込まれ死の淵に追いやられた時、親のこと兄弟のことに思いを馳せ、大空のもとで、さんさんと降り注ぐ太陽を浴び、新鮮な空気を胸いっぱい吸い、水を腹いっぱい飲んで、死にたいと望み、戦争のない時代に生まれればよかったと思い続けていた。学友のこと考えると、生き残った者が沖縄の地下に眠る240,000人の精霊に代わって、戦争体験を語り、平和を叫ばなければならないと思います。 私はそのために生かされたのです。それが使命だと考えています。沖縄の地下に眠る精霊の平和の叫びを聞いてください。
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1988年、就職した年に沖縄でのイベントに参加して、ガラビ壕(と記憶)、嘉手納基地の見える高台を見学し、記念講演では会場となったムーンビーチホテルのビーチにて、本書の作者「宮良(旧姓守下)ルリ」さんの講演を聴講した。1982年作の今井正監督の映画「ひめゆりの塔(栗原小巻、古手川...
1988年、就職した年に沖縄でのイベントに参加して、ガラビ壕(と記憶)、嘉手納基地の見える高台を見学し、記念講演では会場となったムーンビーチホテルのビーチにて、本書の作者「宮良(旧姓守下)ルリ」さんの講演を聴講した。1982年作の今井正監督の映画「ひめゆりの塔(栗原小巻、古手川祐子他)」の作品を鑑賞していたこともあり、記憶に強く残った。 将来を夢見た学徒達が戦争に巻き込まれ、女性は看護要員として傷病兵の世話、男性は鉄血勤皇隊や護郷隊として斥候や通信隊として徴用され犠牲になっていく。日本軍は、兵力の不足を沖縄県民に押しつけ、行政官や教員を通して半ば強制的に軍に併合し、そして軍の都合で犠牲になった学徒たち。追い詰められた生徒や教員、近隣住民は第3外科壕・ひめゆりの塔への爆弾投下の断末魔で奇跡的に生還した生徒5名の内の1人の「宮良ルリ」さん。戦後は教諭として、またひめゆりの平和記念資料館証言員として、戦争の愚かさ、沖縄戦の悲哀を伝え続けた著者「宮良ルリ(2021年8月12日逝去、享年94歳)」さんのご冥福をお祈りしたい。 あとがきに寄せて 日本国内でも、防衛費は増大し、いつか来た道をすすみつつあるような気がするのです。 戦争は、ある日突然やってくるものではありません。気がついたら戦争への道に巻き込まれていたことになるのです。 心に刻みたい言葉だと思います。
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著者は,ひめゆりで生き残った一人。 友だちや先生,看護婦やお医者さんの名前やそのときの状況が,とても詳しく描かれています。私が,過去のことを書こうと思っても,こんなに詳しくは語れません。 それは,おそらく,その体験が,想像を絶するものだったことによるのでしょう。もしかしたら...
著者は,ひめゆりで生き残った一人。 友だちや先生,看護婦やお医者さんの名前やそのときの状況が,とても詳しく描かれています。私が,過去のことを書こうと思っても,こんなに詳しくは語れません。 それは,おそらく,その体験が,想像を絶するものだったことによるのでしょう。もしかしたら,日記なども書いていたのかも…とも思います。 こんな状況をまねいてしまった当時の戦争にたいして,「当時は,当時のことで,判断すべき」「あれは,追い込まれて,日本としては仕方のない戦争だったんだ」なんてことを平気で言う人たちがいまだにいることは,非常に残念です。
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