商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
発売年月日 | 2000/01/22 |
JAN | 9784004306528 |
- 書籍
- 新書
翻訳はいかにすべきか
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翻訳はいかにすべきか
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商品レビュー
3.2
6件のお客様レビュー
ジェイムズ・ジョイスの翻訳で知られる著者が、翻訳のありかたについて論じている本です。 著者はまず、「要するに、翻訳は日本語の問題である。結局は、それに尽きる」と断言します。そして、外国語の文章によって表現されたあらゆる意味を、日本語の文章のなかに実現することが、翻訳のめざすべき...
ジェイムズ・ジョイスの翻訳で知られる著者が、翻訳のありかたについて論じている本です。 著者はまず、「要するに、翻訳は日本語の問題である。結局は、それに尽きる」と断言します。そして、外国語の文章によって表現されたあらゆる意味を、日本語の文章のなかに実現することが、翻訳のめざすべき目標としています。そして、ジョン・アップダイクの作品などを例に、既存の訳に対して厳しい吟味をおこない、容赦なく批判をおこなっています。 一方で著者は、二葉亭四迷の「余が翻訳の標準」という文章をはじめ、堀口大学や吉田健一、中野好夫といったさまざまな論者の翻訳への取り組みかたについても触れており、翻訳という営みの愉悦を語っています。著者の翻訳に対するこだわりにかんしては、個人的には少々ついていけないと感じるところもあるのですが、翻訳という営みに耽溺するとはどういうことなのか、すこし理解することができたような気がしています。
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ここ数年、知り合いに頼まれて日本語に訳したり、「日本語があればなぁ」という声を受けて訳したり、ということをしている中で気になっているのが、どこまで自分の解釈を入れるか、という問題。 日本語だけを読む人に向けて書く場合は、どうしても解釈が多くなる。逐語訳やそれに準じたものでは日本語...
ここ数年、知り合いに頼まれて日本語に訳したり、「日本語があればなぁ」という声を受けて訳したり、ということをしている中で気になっているのが、どこまで自分の解釈を入れるか、という問題。 日本語だけを読む人に向けて書く場合は、どうしても解釈が多くなる。逐語訳やそれに準じたものでは日本語として不自然だったり、意味がわかりにくくなったりするから当然のことだ。 以前、チェツァン・リンポチェが来日された時、のこのこ会いに行ってタルゲンの日本語訳の本をいただいたことがあった。 当時読もうとしたものの「何これ?意味わからん」となって放置していたのだが、何年か前に読もうとしたら、これはチベット語からの忠実な逐語訳であることがわかった。チベット語の文脈の中に入れるとなるほどなるほどとてもわかりやすい。 訳者の解釈が混じっていないので、それもありがたい。ただ、日本語しか知らない人が読んだらめちゃめちゃ戸惑うはずである。 この柳瀬氏の本は、原文の味わいを損なわず、日本語で表現するというのはどういうことなのかが書いてある。日本語しか知らない読者が読んでも、である。 本来翻訳はそうあるべきだと思う。 そうであるが故に翻訳というものは著者だけのものではなく翻訳者の作品でもあるとわたしは思っている。 でも、わたしが訳しているのはそういうものじゃない。わたしの解釈は極力入れたくない。入れるべきでもない。つか入れてはいけない。 言葉には重層的な意味と文化的背景がある。 極力わたしの解釈を差し挟まずに日本語としてなんとか成り立つような、そんな訳をいつかしてみたいな、と思う。
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考察が細かく、熱意がすごく伝わってくるが、如何せん批評の仕方に節度が感じられず、人品を損なっているように思われて残念。 言葉遊びも入れすぎると読みにくいだけ。それがおもしろくなかったり、サラリーマンの駄洒落のようにしか感じられないと最早苦痛。 同業者同士の喧嘩は内輪でやった方が宜...
考察が細かく、熱意がすごく伝わってくるが、如何せん批評の仕方に節度が感じられず、人品を損なっているように思われて残念。 言葉遊びも入れすぎると読みにくいだけ。それがおもしろくなかったり、サラリーマンの駄洒落のようにしか感じられないと最早苦痛。 同業者同士の喧嘩は内輪でやった方が宜しいかと。
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