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人は何を遺せるのか 日経ビジネス人文庫
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 日本経済新聞出版社/ |
発売年月日 | 2007/08/01 |
JAN | 9784532194062 |
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人は何を遺せるのか
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人は何を遺せるのか
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人間が、死してもなお後世に遺せるもとは何であろうか? そんなテーマでつづったエッセイ。 精神的なものから建物、会社、哲学、お金等々様々なものについて、考えている。 著者と一緒で、我が家にも子はいない。どんなものが遺せるかを考え続けることで、今をどう生きるかのヒントが得られそうだ。
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『清貧の思想』の中野孝次さんが亡くなったのは4年前。 『人は何を遺せるのか』と題する本書は、「家」、「お金」、「墓」など28アイテムを取り上げて、概ね、それらの物を生きている間に築き上げ、死後に残そうと汲々とすることの馬鹿さ加減を独特の穏やかな語り口で説いてくれている。表紙...
『清貧の思想』の中野孝次さんが亡くなったのは4年前。 『人は何を遺せるのか』と題する本書は、「家」、「お金」、「墓」など28アイテムを取り上げて、概ね、それらの物を生きている間に築き上げ、死後に残そうと汲々とすることの馬鹿さ加減を独特の穏やかな語り口で説いてくれている。表紙には中野さんが問わず語りに呟いているようなお姿が描かれている。ある意味で著者が世に遺した遺言ともいえる。 話は飛ぶ。ですが必ず戻ってきますから心配しないで一緒に飛んでください。 7歳のとき、私は山形の中心の街から田舎にある新興住宅地に引っ越した。他所のヒトの目から見たら、山形なんてすみから隅まで田舎以外のところなどなかろうとお思いでしょう。ですが、級友全員が勤め人か商売家の子であるような街の学校から、9割以上が農家の子である学校への転校は、強力なカルチャーショックの連続であった。 その最たるものが、「けーしかがやく」だった。 「けーしかがやく、やろう」「うん、やろ、やろう」と誘い合って女の子達が興じるゴム飛び遊びなのだが、横一直線に張ったゴムひもを引っ掛けたり放したりしながら遊ぶものだ。リズムと動きはバリ島あたりの踊りに似ている。スカートめくりのときは「わー」とか「きゃー」とかいって嫌がるフリをする女の子達が、パンツが見えるのも厭わず夢中で興じている姿は脅威だった。 意味不明で不気味な唄を歌いながら跳ねている。 「けーし輝くニッポンの、○○○でアメリカ、ヨーロッパ、らったったーの大泥棒。紀元は2600と、あぁ~教会の鐘が鳴る~♪(○の部分不明)」 聞くだけで虫唾が走るような嫌な感じなのだが、耳に憑いて忘れられない。「ニッポン、ちゃちゃちゃ」みたいなあの嫌なのに耳に憑く感じである。 おそらくは、何十年もの長い間遊びの場面で歌い継がれているうちに歌詞はどうでもいいように変形しているのだろう。だが「紀元節」や、欧米の帝国主義を非難する脈絡と関連する歌詞であったことは大人になってからは類推できた。 しかし、正確な元唄は定かでないままであった。音律の嫌さだけでなくて意味が解るようで解らないままである不愉快な記憶でありつづけた。 本書の冒頭に取り上げられているアイテムは「勲章」であった。 終戦直後の闇市で、それまで軍人の最高栄誉であった「金鵄勲章(きんしくんしょう)」が二束三文で投売りされているのを見た時の著者の感慨が記されている。権威や政治の体系が一変してしまえば、過去の栄誉もゴミ同然という無常な現実の話である。だが、その一説の中に、私の永年の不愉快な記憶を霧消させる記述があった。 「私たちが子どもの時分の歌に、『金鵄輝くニッポンの・・・』とあった」との記述だ。 検索を駆使して調べてみると1939年制定の国民奉祝歌『紀元二千六百年』のことである。 金鵄輝く日本の榮(は)えある光身にうけて いまこそ祝へこの朝(あした)紀元は二千六百年 あゝ一億の胸はなる で始まるこの歌は、数々の替え歌も歌われたとある。 「けーしかがやく」は「金鵄(きんし)輝く」であったのだ。 中野さんが後世に遺されたものは大きい。 だが、私には「それ考えると眠れなくなっちゃうんだよねえ」をひとつ解決してくださったことが、小さいとはいえ本書の意義であった。
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人が死んだ後にはいったい何を遺すことが出来るのか?ということをテーマに、中野孝次氏が考察した本。この、表紙の絵がいい。 「勲章」「金」「家」など、一般的なものについての言及から始まって、「手紙」「臓器」「コレクション」へと話しは進み、更に、「芸と技」「梅干し」など、有形無形の様々...
人が死んだ後にはいったい何を遺すことが出来るのか?ということをテーマに、中野孝次氏が考察した本。この、表紙の絵がいい。 「勲章」「金」「家」など、一般的なものについての言及から始まって、「手紙」「臓器」「コレクション」へと話しは進み、更に、「芸と技」「梅干し」など、有形無形の様々なものを遺した生き方について、それぞれ評価をおこなっている。 途中からは、一般的な話題から離れて、筆者個人に特に関わりのあった方が遺したものや、特定の偉人の遺したものについて取り上げられていて、それがとても興味深い。 賢人が書き記した、死生観についてのメモや書物を引用しつつ話しを進めているので、そこから、気に留まった人について、より深く知っていくための入口として読むのが一番面白いと思う。 主張としては、内村鑑三著の「後世への最大遺物」と似たものになっていて、人が遺せる最も大きな遺物は、金や名誉ではなく、人間性や生き様である、という結論にまとまっている。 しかし、その結論に至るまでの話しが、より、実際の生活に近いたとえが多く、現代的でもあるので、自分自身が考える時の参考になる話題は多かった。 以上、人が死後遺せそうなものについてあれこれ検討してみたが、結局最もたしかに後世に遺せるものは人間性である、ということが判明した。それ以外のものは、伝えても空しいか、早晩失われるか、いずれは消滅する。ただ一つ、これだけは後世に伝える価値のあるのは、人間の生涯そのものであった。(p.205)
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