ラス・カナイの要塞 角川文庫

ジェームズ・グレアム(著者), 安達昭雄(訳者)

• 販売会社／発売会社: 角川書店/
• 発売年月日: 1986/01/01
• JAN: 9784042544029

商品レビュー

2020/05/01

難攻不落の城塞からの救出作戦。このシンプルな設定で、どれほど魅惑的な物語が生まれることだろうか。
発端の舞台はイタリア・シシリー島。牢獄に囚われた義理の息子ワイアットを救い出せ。米国を追放されたマフィアの大物スタブロウは、引退していた元英国陸軍情報部将校オリバー・グラントをスペインから拉致し、拷問した上で強要した。グラントは特殊任務のエキスパートで、特に人質救出作戦において数々の功績を残していた。目の前にいる卑劣な男を素手で殺すのは簡単だった。だがグラントは、たった一人の家族、盲目の妹ハナを人質に取られていた。煮え滾る憤怒を抑え、旧知の仲間をチームに加えることを条件に、グラントは了承する。
地中海に面したリビアの北端、150フィートを超える断崖絶壁上にあるラス・カナイ〈恐怖の岬〉と呼ばれる要塞。陸地側の城壁の高さは40フィート、常に600人にのぼる部隊が常駐していた。物資は軍用列車で運び込まれ、金曜夜にのみ、荒ぶる軍人のための娼婦らが入城した。狙うなら、その時しかない。旧友の好漢バルジ二らと再会したグラントは、プランを練り、準備段階に移る。だが、常にスタブロウの残忍な手下ラングレイが行動を共にして監視。さらに、グラントを色仕掛けで騙し、スタブロウの謀略に巻き込んだ美貌の女シモーヌも同行していた。混乱する情況の中、遂に決行日を迎える。
予測不能の事態と逃走。蒸気機関車で繰り広げる死闘。裏切りと死。愛と報復。シャープな展開だからこそ、それぞれのシーンが鮮やかに拡がっていく。

ジャック・ヒギンズ別名義による1974年発表作。筆名によって作風に大きな違いはなく、世界観は共通しているため、以下ヒギンズで通す。
筆致は簡潔で臨場感豊か。底流には感傷があり、情景はいつも雨に濡れている。ファンには馴染みの情景描写に安心感さえ覚えるだろう。ヒギンズは、通常敵役となることの多いナチス・ドイツの軍人やIRAテロリストを主人公に据えるため、勧善懲悪型ではないという見方もあるが、私の印象は真逆で、冒険小説界の中でも珍しく善を為し、悪を打ち砕くことにこだわる作家と捉えている。根本にあるのはヒーロー小説であり、主人公は誇り高くタフだが、暗い過去を持つが故に運命に翻弄されている。その生き方を貫いているのは、精神的な意味でのダンディズムだ。美意識と呼び替えてもいい。汚れ切った世界で、たとえ己自身の手が薄汚れていようとも、気高く生きることを信条とする。
本作の創作は、ヒギンズが最も脂が乗った時期にあたる。何しろ、前年に孤独なテロリストの哀感滲み出る希代の名作「死にゆく者への祈り」、翌年には戦争冒険小説史上に燦然と輝く傑作「鷲は舞い降りた」を生み出しているのである。駄作のはずがない。ボリュームこそ少ないが、無駄なく引き締まった構成で、冒険に赴く男のロマンを高らかに謳い上げ、ヒギンズ本来の魅力が凝縮されている。60年代初期からコツコツと冒険小説を書き続けていた下積みがあってこその「鷲…」であり、それまでの作品を型通りに表現すれば、すべてが燻し銀の如き〝原石〟なのである。本作はその美しい結晶のひとつだ。

2013/08/09

ジャック・ヒギンズの別名小説だけあって小説としての完成度は高い。全体で冒険活劇に不可欠なスピード感を維持しながら物語を展開する技術は一級品である。表題のラスカナイとはリビアにある断崖絶壁の岬を指し、そこにある難攻不落の旧要塞を改築した刑務所に潜入、囚われの身となっている若者を救出するというのが大まかなストーリーである。