商品詳細
内容紹介 | 『北ボルネオ死の転進、玉砕!』(三笠書房1980年刊)の改題 |
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販売会社/発売会社 | 集英社/ |
発売年月日 | 1987/08/01 |
JAN | 9784087492446 |
- 書籍
- 文庫
北ボルネオ死の転進
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北ボルネオ死の転進
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この島での戦いの主目的は、石油資源や飛行場の確保であった。 陸軍第三七軍隷下の将兵は、熱帯雨林の道なき道を約一ヶ月かけて縦断、いったん東海岸に集結した後、再度西海岸へと転進させられた。 風説であるがこの作戦は、現地の山岳や気候など実情を知らない大本営参謀または南方総軍参謀が、机上...
この島での戦いの主目的は、石油資源や飛行場の確保であった。 陸軍第三七軍隷下の将兵は、熱帯雨林の道なき道を約一ヶ月かけて縦断、いったん東海岸に集結した後、再度西海岸へと転進させられた。 風説であるがこの作戦は、現地の山岳や気候など実情を知らない大本営参謀または南方総軍参謀が、机上に広げたボルネオの地図のタワオ(東海岸)からアピ(西海岸)へと定規を使って線を引き、350kmを一日40km前進として十日間で横断できると判断して決行されたという。 結果、この作戦では多くの兵がマラリアや赤痢、スコールが引き起こす突発的な大洪水、飢餓によって戦わずして斃れた。その数、実に一万余。 そして、その死の行軍を生き残った大隊に待つのは玉砕――。 なぜ、かくも多数の兵士が短期間のうちに故郷を遠く離れた密林の土と帰さねばならなかったのか。生還者の証言やメモ、現地の取材を重ね、あまり知られることのないボルネオ戦線の悲惨を訴えた戦記文学。
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今まで戦記関係の書は、なぜか頁を繰ることを躊躇っていた。 戦後教育のおかげで、ワタクシの心には人並みに平和思想が根を張っていて、戦争は愚かで悲惨なことだと反射的に感じるようになっている。しかし恥ずかしながら、その実情についてはまるきり知らないに等しい。 本書は、北ボルネオに当時配...
今まで戦記関係の書は、なぜか頁を繰ることを躊躇っていた。 戦後教育のおかげで、ワタクシの心には人並みに平和思想が根を張っていて、戦争は愚かで悲惨なことだと反射的に感じるようになっている。しかし恥ずかしながら、その実情についてはまるきり知らないに等しい。 本書は、北ボルネオに当時配置された一万人もの兵力が、終戦前のわずか半年でいかに力尽きていったかを生存者の証言などをもとに構成している。 驚くのはその大半が実際には敵兵と砲火を交えるに至らず、軍部の浅はかで軽率な戦略のせいで熱帯の密林を東へ西へと行軍させられた結果、マラリアやアメーバ赤痢、飢餓や自然の猛威のせいで消耗し、あるいは自ら死を選んでいった、ということだ。 兵士は大半が戦わずして斃れていたということを改めて知った。こんなバカバカしい話はない。戦争は殺し合うことが忌むべき愚かさの最大の理由だと思っていたが、その愚かさにも到達していないとは。 正月に会った旧友がいみじくも「戦争も結局組織論や人の問題」と云っていたのを、あまり深く考えずに聞いていたが、まさしく彼の云うとおりであったのだと思った。
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