「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち 新潮文庫

大江健三郎【著】

• 販売会社／発売会社: 新潮社/
• 発売年月日: 1986/02/01
• JAN: 9784101126159

商品レビュー

2010/05/28

様々な女性達。大江な…

[文庫ＯＦＦ]

様々な女性達。大江ならではの激情感アンドクール。

2024/05/07

「「雨の木」の首吊り男」まで。

　この小説に似つかはしくないひと。
１．エンターテインメントを読みたいひと。
２．悩んでないひと。
３．長文の構文に慣れてないひと。
４．大江健三郎に興味がないひと。
５．性描写が苦手なひと。

　すくなくとも万人向けではない。スランプ期のもので、うじうじ悩んでる。文章も描写も自分語りも長く、冗長ではあるのだ。後期の小説のやうに、距離を置いてさっぱりしたところはない。
　読み通したわりには骨折損と感じるひとが多いか、あるいはすぐ投げ出すか。
　私はこのなかでおもしろいと感じるのは「「雨の木」の首吊り男」と「泳ぐ男―水の中の「雨の木」」だけだ。高安カッチャンとペニーはどうでもいいかな。
　大庭みな子や富岡多恵子など女性作家がこれをほめたのは謎だ。

「頭のいい「雨の木」」
　これが連作短篇集の中ではもっとも文体構文が晦渋で、形容句がどこに係るかきちんと見きはめないと読めない。ハワイの会議で来た施設が、じつは精神病患者の叛乱にあってゐたといふ話。だからなんだといふ気がしなくもない。

「「雨の木」を聴く女たち」
　アル中の高安カッチャンとペニーの関係を、アル中の『活火山の下で』のマルカム・ラウリーとその妻になぞらへる。実際に死んだ中央公論社の編集者の塙の葬儀をTV局の斎木犀吉、その妻を国際作家のファムファタルと落しこんで私小説っぽい。ここでいふ国際作家がどうも川端康成か、ガルシア・マルケスのことである（小谷野敦）。そして、現実にこの短篇を読んだ塙の実の妻に絶交される（「筒井康隆全集　24」大江健三郎の解説）。
　読んでゐればわかることだが、大江はどうやらアル中でだからラウリーに惹かれたらしい。しかし『活火山の下で』自体、大江以上に難解である。

「「雨の木」の首吊り男」
　メキシコが舞台で、ユーモアがある。この作品集のなかでまづこれがおもしろく読めた。むろん長いとは思ふが、雰囲気としてもメキシコの幻惑的なものがあるし、大学エル・コレヒオ・デ・メヒコの同僚といふ人物のキャラクターは好きだ。最後の言葉もいい。

「泳ぐ男―水の中の「雨の木」」
　市川沙央がこれを読んで衝撃を受けた。破廉恥だといってゐた。たしかに性的体験の暴露があり、グロテスクなほどだ。村上春樹めいた、いやそれ以上だ。
　これは『静かな生活』の最終話にも少し出てきた内容で、プールの乾燥室をめぐるOLと水泳青年と主人公・僕の関係を描く。
　もし大江がミソジニーだと思ふならこれがさうかもしれない。しかし、私はストーリーを楽しむといふ点ではアリだ。

2022/12/13

お得意のノンフィクション風フィクション。
人外の想像力を感じさせる、個人的大江文学全盛期の傑作。
高安カッチャンを筆頭とした登場人物と描かれるオーケンの分身のやり取りがとにかく滑稽で面白い。
その滑稽さと、作者が心のうちに秘めている“雨の木”へのひたむきで純粋な想いのコントラストに胸を打たれる。