商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 現代企画室/ |
| 発売年月日 | 2004/09/24 |
| JAN | 9784773804089 |
- 書籍
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チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記
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チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記
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商品レビュー
3.9
10件のお客様レビュー
チェ・ゲバラは再評価されているが、賛否両論が存在している。『面白いほどよくわかる現代思想のすべて:人間の<知>の可能性と構想力を探る』において、湯浅赳男先生はゲバラを「透明で私心がなく、権力欲のない(ロマンティックな)革命家」と評している。だから今でも、中南米を中心にして世界中で...
チェ・ゲバラは再評価されているが、賛否両論が存在している。『面白いほどよくわかる現代思想のすべて:人間の<知>の可能性と構想力を探る』において、湯浅赳男先生はゲバラを「透明で私心がなく、権力欲のない(ロマンティックな)革命家」と評している。だから今でも、中南米を中心にして世界中で人気があるのだと思う。ゲバラの純粋性という面が、情け容赦ないという面と表裏一体をなしていると思う。 私の感想は適当で申し訳ないが、それよりも何よりも、まず翻訳者・棚橋加奈江さんによる「訳者あとがき」を紹介したい。本書の素晴らしいガイドになると思う。「彼はどこかの国の国民であろうとしたのではなく、チェ・ゲバラという一人の人間であった」。ジーンと来る。また偏狭なナショナリズムが甦りつつある世界で、ゲバラのアナーキー性と世界性に注目したいと思う。では、「訳者あとがき」の概要は以下のようである。 <メキシコ留学中、旅先のみやげ物屋にぶら下がっている板に書かれた文章が心に焼き付いて離れない。ある男が「砂漠に行って小石を拾いなさい。そうすれば喜びと悲しみを同時に感じるだろう」というお告げを聞いた。彼は砂漠に行き、いくつかの小石を拾ってくるが、翌朝に小石はすべてルビーやエメラルドといった宝石になっていた。彼は、お告げ通りに石を拾ったことに大喜びし、同時にもっと多く拾わなかったことを後悔して悲しんだ。最後に「学習においてもしばしばこれと同じことが起る」と添えられていた。 ゲバラの父親が英語版『モーターサイクル南米旅行記』に寄せた序文で、ゲバラの「学ぶこと」へのどん欲なまでの情熱に言及していた。ゲバラは、この旅で満足なだけ小石を拾っただろうか?どんな喜びや悲しみを得ただろうか? 旅をすると、私たちはいろいろな現実を見る。私たちの目と現実の間にはフィルターがあり、それは社会的通念や常識、育った環境や教育によって培われた人間性や価値観、それまでの経験や知識によって形成される。 旅は、そういうフィルターの性質を知る機会となり、またフィルターを変化させる。ただの小石が、かけがえのない宝物に変るときだ。それは自分自身を学ぶ過程、変化の過程にもなる。自分自身の本当の姿を知る。 その旅でゲバラはペルーで喘息の老女を診察したとき、彼女の苦しみを和らげるための医師の無力さを痛感し、このような人びとが人としての尊厳をもって生きることができるようになるためには、「ばかげた身分制度に基盤をおいた物事の秩序」によって成り立っている社会が変革されねばならないと、と述べる。 南米大陸を北上するこの旅の体験をもとに貪欲にその社会の抱える問題に対する知識を蓄え、鋭い分析を加えていったゲバラは、同時に「自分自身」に近づいていったと言える。彼はアルゼンチンに生まれたにもかかわらず、キューバやコンゴやボリビアで、そして世界のどのような場所であっても、そこに住む人びとを苦しめている「不正」をただすために自らの命を惜しまないということを、のちに行動によって示した。彼はどこかの国の国民であろうとしたのではなく、チェ・ゲバラという一人の人間であった。 『モーターサイクル南米旅行記』を読んでいくと、ゲバラが旅の間に拾っていった小石が宝となって彼を豊かにすることがわかる。板に書かれた話の男は「小石をなぜもっと拾わなかったのか」と嘆いたが、宝石が今度は新しい不安や悲しみの原因になりうるのと同じように、「学ぶ」ことはときに私たちを苦しめる。「学べなかった」ことに対する後悔や嘆きよりも先にやってくるのは、「学ぶ」ことによって得た新しいフィルターのためにより多くのことが鮮明に見えてしまう苦しさだ。ちょうどゲバラが、喘息の老女をとりまく状況に対して医者としての自分のの無力さに苦悩したように。しかし同時に知識が彼を自由にしていくのも分かる。自分にとって「公正なこと」が明確になり、問題があればそれがどんな場所であっても自分にとって同じく問題であると確信するようになり、一人の人間として、それらの問題を冷静に分析しているのが分かる。 彼がどんな人物だったのか、どんな情熱に動かされていたのか、どんな自分を発見したのか、旅を通じて一人の人間がどんなものを得たのかということを、「チェ・ゲバラ」という名前から連想されるイメージから離れて、ここにある文章から直接感じ取ってみてはどうだろうか。> お終い
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この旅はまさしくドン・キホーテの旅のように私には思えました。 おんぼろバイクポデローサ2号はすぐに故障し、何度も何度も転倒事故を起こし彼らを身体ごと投げ出します。そしてゲバラ達も行く先行く先でハプニングを起こし続ける珍道中を繰り広げていきます。 普通の人ならば馬鹿にするような...
この旅はまさしくドン・キホーテの旅のように私には思えました。 おんぼろバイクポデローサ2号はすぐに故障し、何度も何度も転倒事故を起こし彼らを身体ごと投げ出します。そしてゲバラ達も行く先行く先でハプニングを起こし続ける珍道中を繰り広げていきます。 普通の人ならば馬鹿にするようなことを大真面目にやってのけるドン・キホーテ。彼は世の不正義を正すために遍歴の騎士となってスペイン中を旅します。 ゲバラはまさにこのドン・キホーテを意識して旅をしていたのではないでしょうか。
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チェ・ゲバラ(本名:エルネスト・ゲバラ 1928~67年)は、アルゼンチンのロサリオで生まれ、ブエノスアイレス大学で医学を学ぶが、在学中にマルクス主義に共感を抱くようになり、大学卒業後、南米各国を放浪し、グアテマラで医師を続けながら革命政権を支持したが、同政権がアメリカを後ろ盾に...
チェ・ゲバラ(本名:エルネスト・ゲバラ 1928~67年)は、アルゼンチンのロサリオで生まれ、ブエノスアイレス大学で医学を学ぶが、在学中にマルクス主義に共感を抱くようになり、大学卒業後、南米各国を放浪し、グアテマラで医師を続けながら革命政権を支持したが、同政権がアメリカを後ろ盾にした反対勢力に倒されたのを見て、武力によるラテンアメリカ革命を本気で志すようになった。その後、グアテマラを追われて移り住んだメキシコで、亡命中だったフィデル・カストロと出会い意気投合し、1956年にカストロの率いる反乱軍と共にキューバに入国し、2年の戦闘を経て、1959年にキューバ革命を達成、その後、国立銀行総裁、工業大臣等を務めた。しかし、理想主義的な姿勢が強く、1965年にキューバを離れ、一時コンゴで革命を支援した後、ラテンアメリカに戻り、ボリビアでの革命闘争に参加したが、1967年に政府軍に捕らえられ処刑された。享年39。 ゲバラの革命家としての情熱と信念は、死後も、世界中の社会運動家や革命家をはじめとする人々に大きな影響を与え、南米をはじめとする世界中の多くの街に、今でもゲバラの肖像画が掲げられている。 本書は、(上述の南米放浪より前に)大学在学中の1951年から1952年にかけての8ヶ月間、6歳年上の友人アルベルト・グラナドスとともに(アルベルト29歳、ゲバラ23歳)、南米を回る放浪旅行をしたときの記録である。行程は、アルゼンチンからアンデス山脈を越えてチリに入り、ペルー、コロンビア、ベネズエラと北上するものであった(更にゲバラは、カラカスでアルベルトと別れた後、米マイアミにも行った)が、アルゼンチンを発つ時に二人の乗っていたオンボロのオートバイ「ロシナンテ号」はチリで壊れてしまい、その後はヒッチハイクなどで移動することになる。 そして、ゲバラは旅の途中で、チリの最下層の鉱山労働者やペルーのハンセン病患者らと出会い、当時南米の中でも比較的裕福だったアルゼンチンとは異なる状況にある人々を知り、また、ペルーの政治思想家ホセ・カルロス・マリアテギの影響を受けてマルクス主義に共感を持つようになり、この体験は、その後のゲバラの人生に決定的な意味を与えることになったのだ。 私は、暫く前に戸井十月の『チェ・ゲバラの遥かな旅』を読んで、ゲバラのことをひと通り知っていたものの、今般たまたま新古書店で本書を目にして読んでみたのだが、ゲバラの生の声はやはり心に刺さるものだった。 尚、本書を原作として、2004年に映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」が製作・公開されており(私は見ていない)、また、同時期に角川文庫から改題された『モーターサイクル・ダイアリーズ』が出版されている。(現在絶版) (2024年4月了)
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