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イエスと親鸞 講談社選書メチエ245
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2002/07/10 |
| JAN | 9784062582452 |
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イエスと親鸞
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イエスと親鸞
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商品レビュー
4.3
3件のお客様レビュー
この作品は、イエスと親鸞の教えを通じて、自己愛の自覚や罪の認識を重視し、神との関係を深めることの重要性を探求しています。著者は、旧約聖書のアダムとイブの物語を自己愛の獲得による神からの離脱として解釈し、洗礼者ヨハネやイエスの教えを通じて、人々が自らの罪を認めることが神のもとに帰る道であると示しています。また、親鸞の「悪人正機」という教えを自己愛の放棄として捉え、信仰の根底にある自覚を強調しています。さらに、著者は「笑い」と「幸福」の関係についても考察し、イエスや親鸞が悲しみを受け入れることで得た真の幸福について触れています。禅僧の「呵々大笑」がこの幸福に近いとする視点も興味深く、深い宗教的理解を促す一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
聖書や『歎異抄』に記されているイエスや親鸞のおこないとことばを読み解き、著者自身の宗教理解を提示している本です。 著者はまず、『旧約聖書』に記されたアダムとイブの楽園からの追放を、自己愛を獲得したことで神から離れてしまったと解釈しています。そのうえで、洗礼者ヨハネやイエスの教え...
聖書や『歎異抄』に記されているイエスや親鸞のおこないとことばを読み解き、著者自身の宗教理解を提示している本です。 著者はまず、『旧約聖書』に記されたアダムとイブの楽園からの追放を、自己愛を獲得したことで神から離れてしまったと解釈しています。そのうえで、洗礼者ヨハネやイエスの教えは、ひとが自己愛の倨傲に気づきみずからの罪を認めることで神のもとに帰ることだと主張します。ここで語られているのは、「裁く神」ではなく「赦す神」だといえるでしょう。 また親鸞においても、極悪人だという自覚が彼の阿弥陀仏に対する信仰を支えていたことを指摘し、いわゆる「悪人正機」の説を自己愛の自覚と放棄を説く教えとして解釈しています。 最後に著者は、「笑い」と「幸福」というテーマについて考察を展開しています。聖書にはイエスが笑ったという記述はなく、親鸞にもおなじことがいえます。それは、彼らがこの世界の悲しみを受け入れ自己の罪を自覚することを通じて、もはや「笑い」を必要としない「幸福」のうちにあったからだと著者は論じています。 ところで、禅僧たちはしばしば「呵々大笑」します。それは、この世の悲しみのいっさいを包み込んで肯定する「笑い」ということができるかもしれません。わたくしには、こうした態度こそがイエスや親鸞以上に、著者の考える「幸福」に近いように思えるのですが、どうでしょうか。
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イエスと親鸞 (和書)2012年08月28日 22:13 2002 講談社 八木 雄二 八木雄二さんの本は僕にとって非常に重要です。フーコーさんが「自分自身に専心せよ」ということがソクラテスの言わんとしたことだと書いていたことを思い出します。 『天使はなぜ堕落するのか―中世...
イエスと親鸞 (和書)2012年08月28日 22:13 2002 講談社 八木 雄二 八木雄二さんの本は僕にとって非常に重要です。フーコーさんが「自分自身に専心せよ」ということがソクラテスの言わんとしたことだと書いていたことを思い出します。 『天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡』を柄谷行人さんの書評から読んだことが始まりでした。 何らかの権威によっている訳ではなく、自分自身によらなければならない。自分自身の信仰としてしかありえないということは肝に銘じておきたい。
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親鸞とイエスの共通点は、 「自分の罪」を自覚することである。 イエスは原罪、贖罪等、告白等で罪を懺悔し悔い改めることで 救われると説き 親鸞は、極悪人としての自分を自覚して、阿弥陀の助けを頼むことを 救いとした。 (自分の理解としては他に生かされていることの自覚) 幸せの条件に...
親鸞とイエスの共通点は、 「自分の罪」を自覚することである。 イエスは原罪、贖罪等、告白等で罪を懺悔し悔い改めることで 救われると説き 親鸞は、極悪人としての自分を自覚して、阿弥陀の助けを頼むことを 救いとした。 (自分の理解としては他に生かされていることの自覚) 幸せの条件について記載ある。 なっとくできる。
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