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論語の新しい読み方 岩波現代文庫 学術22
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店/ |
| 発売年月日 | 2000/07/17 |
| JAN | 9784006000226 |
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論語の新しい読み方
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論語の新しい読み方
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商品レビュー
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論語関係の訳書では最…
論語関係の訳書では最もわかりやすい。論語を読みたい人はまずここから。
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岩波現代文庫 宮崎市定 「 論語 の新しい読み方」 著者の孔子像に沿って論語を解釈した本。解釈根拠も明示し自然な解釈だと思う。論語の説教臭さ、人間には実践不可能な理想論、冗長さは感じない。吉川幸次郎 氏の論に近い 学而第一の第一章を、孔子の自叙伝と位置づけ、孔子像を明確に...
岩波現代文庫 宮崎市定 「 論語 の新しい読み方」 著者の孔子像に沿って論語を解釈した本。解釈根拠も明示し自然な解釈だと思う。論語の説教臭さ、人間には実践不可能な理想論、冗長さは感じない。吉川幸次郎 氏の論に近い 学而第一の第一章を、孔子の自叙伝と位置づけ、孔子像を明確にした上で、礼、仁、君子を 具体的に定義している。とてもわかりやすい 天命や天について詳しく論述。「五十にして天命を知る」を「五十にして、人事を尽くして天命を待つ心境を知る」と訳している。なるほどと思う。天は神と同義として、論語を宗教から 人道主義へ展開したものとしている 学而第一の第一章=孔子の自叙伝 *前に学んだところを、時を決めて皆集まって総ざらえする。こんな楽しいことはない *思いがけず遠方から友人が訪ねてきてくれる。こんな嬉しいことはない *誰も自負を認めてくれないが、そんなことは気に留めない。そういう境地に私はなりたい 孔子像 *孔子は礼の師〜市政の教育者であり、弟子は就職希望者 *孔子は隠者ではない、弟子の就職を斡旋しなけらばならない実際家 礼とは *国家的な儀式、個人の家の吉凶祭喪の儀礼 *儀式そのものに含まれた精神〜謙譲の精神 学んで時に之を習う。亦悦ばしからずや *論語の学習の対象は 礼 有朋遠方より来る。亦楽しからずや *全く思いがけない遠方からの客の来訪こそ人生の最大快心事 人知らずしてうらみず。亦君子ならずや *人知らず=世間に認められぬ *君子=聖人と異なり、現実の社会にいくらも存在する人格者〜努力すれば達する→そういう人になりたいという願望 孔子は人道主義の学問を唱えた *仁とは、人の道、人道主義、ヒューマニズムのこと *人の道に対立するのは、神の道、天の道、宗教 *これまで人の道は天の道の中に包含されていたが、独立して人の道になり、天の道に代わって人類を導くようになった 吾十有五にして学に志し〜五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従って矩(のり)をこえず *天命を知る=人事を尽くして天命を待つ心境 *耳順う=どんな悪口を言われても腹が立たなくなった
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『現代語訳 論語』といっしょに買っておいた、同じ宮崎市定氏のこの論文集、後半は専門的でちょっと難しめだったけど、どれも興味深いテーマなのでおもしろく読めた。 本書を読んだことで、さらに『論語』という書物の特殊性と奥深さを知ることができた。 とにかく宮崎先生が、おもしろい。 お...
『現代語訳 論語』といっしょに買っておいた、同じ宮崎市定氏のこの論文集、後半は専門的でちょっと難しめだったけど、どれも興味深いテーマなのでおもしろく読めた。 本書を読んだことで、さらに『論語』という書物の特殊性と奥深さを知ることができた。 とにかく宮崎先生が、おもしろい。 お茶目と言ってもいい。 〈注釈家の通弊は、人に尻尾をつかまれることを恐れて、ひたすら無難で安易な解釈を選び、結局一番つまらない内容に落ち着かす点にある。注釈家の手にかかったならば最期、抑揚のリズムも、照応のアクセントも一切駄目にされ、どんな名文でも見違えるほど退屈な説教に化けてしまうのだ〉なんてはっきり言っちゃってて、もう、清々しくすらある。 「論語を読んだ人たち」では、『論語』の研究者たちがそれぞれの解釈をめぐって批判し合っているのを冷静に分析する宮崎先生の図、というのが見えて、可笑しくてニヤニヤしてしまった。 『論語』って、漢学者や、古典を研究する人ばかりが訳しているわけではないのね。 何を専門に研究しているかによって、漢字ひとつの解釈がこんなに違うとは。 古典の文献を絶対視して、一字一句こだわって無理にわけわからん解釈をするよりも、宮崎先生のように文献の誤りの可能性を考え、全体的に自然に意味が通るように、柔軟に解釈する方が、私は好きだな。
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