商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 1996/03/11 |
| JAN | 9784480082527 |
- 書籍
- 文庫
反解釈
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反解釈
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商品レビュー
4
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素晴らしい。 現代芸術論を語る上で避けて通れないソンタグのエッセイ集、その節々から彼女の知的洗練さ、優雅さ、また俗物性も兼ね備える、非常にバランスの取れた彼女の本質を汲み取れる。 これは決して批判ではないが、ソンタグの教養的すぎず、カラッとした淡白な文体が「反解釈」という言葉の無...
素晴らしい。 現代芸術論を語る上で避けて通れないソンタグのエッセイ集、その節々から彼女の知的洗練さ、優雅さ、また俗物性も兼ね備える、非常にバランスの取れた彼女の本質を汲み取れる。 これは決して批判ではないが、ソンタグの教養的すぎず、カラッとした淡白な文体が「反解釈」という言葉の無方向的な解釈へと向かわないか気になった。 何度も立ち戻って耳を傾けていきたい。 ソンタグはあるがままの芸術、目で見て、耳で聞き、肌で感じる、そんな官能的で素朴な芸術の快感こそが鑑賞の第一歩だと伝えている。 彼女が素直に作品に触れ、思ったことを実直に書いてるからこそ、良質な批評とエッセイになっている。 形式主義な芸術の捉え方は、たしかに最初の枠組みを理解するという点において重要なことは間違いない。 いわゆる、初学者向けの絵画論の本で記される○○主義なり、○○の時代の文句なんかは個人的に苦手で、大体の人はそれらの知識以上の体験や知的快楽に踏み込もうとしない。 作品を分かった気になるのと、その快楽に身を任せるのは全く違う。 生産過剰の現代の芸術作品に対して、まさに過剰とも言える批評や感想、解釈が目につく今のSNS時代を考察する際の出発点的な本になった。 campについてのエッセイはさすが。 オスカーワイルドは重要よね。
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自分にとってソンタグの文章を読むのは、己の背筋をきちんと伸ばすことに似ている。それは詭弁や小難しいだけの観念に振り回されることなく、自身の五感から紐解かれる感性に、身体から立ち昇る知性に向き合うということだ。あらゆるものがカテゴライズ化され、分類することで何かをわかった気になった...
自分にとってソンタグの文章を読むのは、己の背筋をきちんと伸ばすことに似ている。それは詭弁や小難しいだけの観念に振り回されることなく、自身の五感から紐解かれる感性に、身体から立ち昇る知性に向き合うということだ。あらゆるものがカテゴライズ化され、分類することで何かをわかった気になった身を猛省したくなる。真っ直ぐに対象を捕え、ごまかしのない文章はこんなにも世界の欺瞞を剥ぎ取り、剥き出しの姿を暴き立てる。ソンタグの言葉には、本当の知性のみが持ちうる色気がある。それは理性が持ちうる美しさといってもいいだろう。
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ソンタグは以前『写真論』を読んで全然面白くなかったのだが、この本はとても良かった。極めて平易で何の抵抗もなくすらすらと読めて、適度に知的刺激が織り込まれ、その思想内容も実にわかりやすいため、文学的なおもむきのある批評/エッセイという感じだった。 出版は1966年、音楽でも美術でも...
ソンタグは以前『写真論』を読んで全然面白くなかったのだが、この本はとても良かった。極めて平易で何の抵抗もなくすらすらと読めて、適度に知的刺激が織り込まれ、その思想内容も実にわかりやすいため、文学的なおもむきのある批評/エッセイという感じだった。 出版は1966年、音楽でも美術でも熱っぽい「前衛」の嵐が吹き荒れ、文学においても、現代詩に後れを取ったヌーヴォー・ロマンという実験的小説群がフランスに花開いた。まさにそのような時代の空気を、この書物は体現している。 (意味)内容よりは形式(様式)。しかもその形式というのは、音楽で言えば対位法とかソナタ形式というような理知的工作をアナライズするというより、シニフィアン化した芸術要素を「感覚的・官能的に」感受することが求められている。 このへんは1950年代以降の「現代芸術」ではもう常識となってしまっているだ、ソンタグの文章は縦横自在で、型にはまって窮屈になることはない。 彼女のクロード・レヴィ=ストロースやアントナン・アルトーへの理解の仕方は実にもっともで、共感できる。カミュについての分析にはなるほどと思わせられる。 映画についても論じられており、小津安二郎はソンタグにとっても現代芸術としての映画の、世界トップクラスに位置するもののようだ。他にも市川崑や岡本喜八の名も出てくるし、「美女と液体人間」のようなB級、いやC級の日本特撮映画まで挙げられてくるというのは、当時アメリカで、日本の映画はかなり上映されていたのだろうか? それとも、彼女が日本映画に興味をもって見漁ったということだろうか? 芸術映画に関しては、当然ゴダール、フェリーニ、アントニオーニ、アラン・レネといった監督がやはり高評価である。が、さらに、ロベール・ブレッソンというマイナーな(?)監督が賞賛されている。私はまだ彼の映画はひとつしか見ていない。 見方によっては、この書物からあふれ出してくる言説群は、今となっては過去のものかもしれないが、しかし、現在もなお、この時代からかなり遠い地点まで到達できたとも思えない。 芸術・文学が21世紀にどこに到達したという明確な言説がいまだにないというのは、時代があまりにも混沌としているからだろうか? 最も新しい時代の「反解釈」を読んでみたいものだ。
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