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明るい夜 暗い昼 女性たちのソ連強制収容所 集英社文庫
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明るい夜 暗い昼 女性たちのソ連強制収容所 集英社文庫

エヴゲーニヤ・ギンズブルグ(著者), 中田甫(訳者)

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明るい夜 暗い昼 女性たちのソ連強制収容所 集英社文庫

641

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 集英社
発売年月日 1990/08/18
JAN 9784087601886

明るい夜 暗い昼

¥641

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2025/04/20

こんな時代だからこそ、ロシアの歴史に関して深く読みたくなった。しかし読んでわかったことがある。これはロシア1国の歴史だけで限定されない、日本の歴史ともつながる、人類が人類である故に陥りやすい負の歴史の総括だ。ゆえに日本人にとっても必読となりうる。 まず著者のエヴゲーニヤ・セミョ...

こんな時代だからこそ、ロシアの歴史に関して深く読みたくなった。しかし読んでわかったことがある。これはロシア1国の歴史だけで限定されない、日本の歴史ともつながる、人類が人類である故に陥りやすい負の歴史の総括だ。ゆえに日本人にとっても必読となりうる。 まず著者のエヴゲーニヤ・セミョーノヴナ・ギンズブルグの略歴を記したい。彼女がこの本の原題のとおりクルトイ・マルシルート(けわしい旅路)に足を踏み入れることになったのは1937年。当時の彼女は30歳を少し越えた年齢で、夫と小さな子ども2人がいて、モスクワから直線距離で約600km離れたカザンの大学で教える共産党員だった。私たちが見聞きしているとおりソ連の共産主義にネガティブな面が数多くあったのは事実だが、女性の社会進出については、ソ連は同時代の日本と比べ数歩先んじていたと書いても誤りではないと思う。 そして1937年を語る時に節目となる事件がある。1934年末に起こった、スターリンの政治的最大ライバルと目されていたキーロフの暗殺だ。その数年後に現在の歴史の教科書で見ることができる「スターリン粛清」が始まる。普通の読者ならばここで疑問が生じるだろう-「彼女は共産党員なのに、なぜ粛清されるの?」と。著者はあくまで冷静にこう書く-「しかし、事件はいま、石を投げ込まれた水面のように、同心円を描いて広がりはじめた」と。 その広がりは早くも18ページで、彼女が文学的に修辞するところの「狂気と恐怖のシンフォニーのプレリュード」として描かれる。彼女は集会でいきなり糾弾された。理由はかつてその論文がスターリンから叱責されトロツキスト的と定義づけされた、彼女と同様にカザンの大学で教えるエリヴォフ氏に関して「あばくことをせず」、彼が編集して出版した資料集に対して「侮辱的な批評をせず」、エリヴォフ氏に対して反対意見を一度も述べることを「しなかった」から。この「…しなかった」ことで罪に問うという“ありえない”現実を正確に理解しようとしても日本の小説やノンフィクションで探すのは難しい。だがこの本は“ありえない”現実が“ありえた”ということを、日本にいる私たちにも簡単に教えてくれる。 ほかに、日本語題の「明るい夜 暗い昼」についても説明したい。この本を構成する48節すべてにタイトルが付けられているが、第35節のものがそれだ。監獄のただでさえ狭い個室に定員を上回る2人で押し込められた著者が、ようやく図書室から本の持ち込みを許可されたが、獄内の昼間は外の光がほとんど差し込まず暗くて本が読めない。そこで著者は考えた。昼間は看守がのぞき穴から見てもわかりにくいように半身で読書をしている恰好をして実は眠っている。そして夜に電灯のあかりがつけば、寝台に横になり寝ているように見せかけて本を読むのである。 この内容が事実か脚色かの詮索はどうでもいい。私たちは一部の記述で判断することは避けるべきだ。つまり全体を通して、著者を信じるかどうかを判断すればよい。 そしてもう1つの特筆すべき点。それは彼女の“記憶力”だ。彼女はもちろん出所後自由と名誉回復を得てから執筆に至るのだが、驚くべき詳細さで自己の経験が書き起こされている。収監されていた間は当然日々の記録は困難だ(ノートは手に入るが書いた内容は検閲対象となる)から、唯一の記録媒体は記憶だ。その記憶を頼りに、日本語の文庫本で約370ページにまとめられたのが本書である。その文章量だけでも圧倒されるのだが、さらに驚嘆するのは、この本では1937年から2年間という彼女の長い収容生活の一部のみが記されているということ。つまりそれ以降のシベリアに流されてからの生活はこの本ではなく続編及び続々編で描かれていて、彼女は自身の収容生活を合計1000ページ以上もの文章量で表したということになる。量だけではない。彼女の文学的素養はロシアの先人たちの数々の詩の引用でもわかる。その質量両面からも、この本を“ロシア文学”と位置付けても異論は出ないと思う。 ただし、彼女が残してくれたこれらの遺産を、私たちは単なる文学作品として消化してよいものでもない。私たちの生活に潜むスターリン粛清的なもの、それはソーシャルネットワークサービスで容易に見つけられると思うが、ソ連の“誤り”から現代社会の誤りに気付かされるような、そんな一歩進んだ読書に到達できたら、読書好きとして得るものは大きいはずだ。

Posted by ブクログ