昭和ノンフィクション名作選 インターナショナル新書159

石戸諭(著者)

• 販売会社／発売会社: 集英社インターナショナル/集英社
• 発売年月日: 2025/08/07
• JAN: 9784797681598

商品レビュー

2025/09/18

■はじめに
昭和という時代を切り取ったノンフィクションの名作12篇を、現代の視点で読み解いた─石戸諭氏の『昭和ノンフィクション名作選』。

僕が既読なのは5篇。未読7篇は「今すぐ読みたい！」と思わされるほど、解説がキレッキレで、この12篇はまさしく「日本のノンフィクション史の縮図」と断言できる。

【収録作品】
開高健『ずばり東京』／本田靖春『誘拐』／柳田邦男『マッハの恐怖』／澤地久枝『妻たちの二・二六事件』／山際淳司『江夏の21球』／後藤正治『スカウト』／猪瀬直榭『昭和16年夏の敗戦』／沢木耕太郎『一瞬の夏』／向田邦子『父の詫び状』／立花隆『田中角栄研究』／児玉隆也『淋しき越山会の女』

いずれの作品も、読みどころを示すだけにとどまらず、背景や取材姿勢、表現手法まで掘り下げられている。そこにあるのは「紹介」や「批評」ではなく、書き手の技量・情熱・現場感覚を呼び覚ます文章。

■感想
改めてというかつくづく思う。昭和（1926〜1989）は、戦前・戦中の国家総動員から敗戦・占領・復興・高度経済成長へと激動が続いた、ダイナミックな時代だった。それだけにこの本を読了し、湧いてきた感覚は〈昭和という地層を切り取った標本〉を覗き込んでいるみたい…というもの。

僕がノンフィクションを好んで読むのは、過去の出来事をなぞることではなく、そこに息づく時代の空気を掬い上げた“作品”と対峙する面白さがあるから。換言するなら、事実の羅列ではなく、書き手の思想や覚悟が刻まれた「視線の軌跡」に触れるところ。

それと、頭に置いてるのは、〈事実と真実は違う〉という認識。例えるなら「事実は素材、真実は構築物」。作家やディレクターは断片的な事実を拾い、自らの倫理観や感性を基盤に物語を編む。その過程で削られた沈黙や、選ばれなかった証言までもが作品の影を形作る。だからこそ、読み手は「語られなかったもの」にも思いを馳せる必要がある。

日々情報は滝のように流れ込み、情報は所詮「玉石混交」なのに、その普遍さを失念し、検証されることなく鵜呑みにし、匿名を隠れ蓑にしたバッシングが加熱する。

そこには明らかに「事実と真実の混同」が横たわっているにもかかわらず。ネットで情報を探る前に、せめて辞書を一度引いて語義を調べてよ！─と叫びたくなる。真実とはひとつの答えではなく、時代や価値観のフィルターを透過した「視線の集積」そのものなんだから。

■最後に
12篇の名作は、昭和という地層から事件・人物・社会現象を採取し、「動乱の時代」の息遣いを今に伝える。未読の7篇を読み進めれば、もっと深く思索を揺さぶられるのは必至ですな。

昨今のタイパを背景に流通する〈解説サイト〉や〈解説動画〉の薄っぺらい安直さに背を向けて、活字に海に漂って欲しいな。深く、鋭く、読み手に考えさせられるだけの深い〈余韻〉を醸す佳作であるだけに。