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遊牧王朝興亡史 モンゴル高原の5000年 講談社選書メチエ818
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2025/01/16 |
| JAN | 9784065383209 |
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遊牧王朝興亡史 モンゴル高原の5000年
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商品レビュー
3.5
5件のお客様レビュー
遊牧民の歴史については、詳しく学ぶ機会もないし、どうしても定住する人々の歴史が中心になるのは仕方ないのだ。この本は遊牧民について詳しく語ってくれているが、なんだか私が知りたいこととはミスマッチでした。遊牧民は広大な大地を飛び回って、歴史を大きく動かしてきたのだから、もっとダイナ...
遊牧民の歴史については、詳しく学ぶ機会もないし、どうしても定住する人々の歴史が中心になるのは仕方ないのだ。この本は遊牧民について詳しく語ってくれているが、なんだか私が知りたいこととはミスマッチでした。遊牧民は広大な大地を飛び回って、歴史を大きく動かしてきたのだから、もっとダイナミックに展開して欲しかった。建物のスケールとかを詳しく説明されても、右から左だ。まあ、所詮は、オーディブルじゃ無理なので、紙で読むべき本でした。
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・BC209年、匈奴の冒頓は頭蔓単于を弑すると単于となり、モンゴル高原を統一した。 ・BC202年、高祖劉邦が皇帝となる。 ・BC200年、白登山の戦い ・BC177年、冒頓単于が天山のオアシス国家を支配下に置く ・BC141年、武帝即位 ・BC139年、張騫を大月氏に派遣し、匈...
・BC209年、匈奴の冒頓は頭蔓単于を弑すると単于となり、モンゴル高原を統一した。 ・BC202年、高祖劉邦が皇帝となる。 ・BC200年、白登山の戦い ・BC177年、冒頓単于が天山のオアシス国家を支配下に置く ・BC141年、武帝即位 ・BC139年、張騫を大月氏に派遣し、匈奴の挟撃を画策 ・BC121年、霍去病が河西回廊を攻撃し、匈奴を駆逐 ・匈奴は略奪や交易で鉄を入手していたとされるが、溶鉱炉が発見されたことで匈奴が製鉄技術を持っていた可能性あり。 ・48年、干ばつや単于争いから匈奴が南北に分裂。南匈奴は後漢の降る。 ・315年、拓跋部の穆帝が晋から代王に奉ぜられ、拓跋鮮卑の代国が成立。 ・4c初期、モンゴル高原に柔然登場。匈奴や鮮卑と同じく、様々なエスニック集団の寄せ集め。 ・386年、道武帝は国号を代から北魏に改める ・546年、アシナ族の土門は柔然君主に姻族関係を結ぶことを申し出るが拒絶される。土門は西魏と結んで552年に柔然を滅ぼし、突厥カガン朝を成立させる。 ・744年、突厥のカガンがウイグルを含む3部族の反乱軍に殺害される。反乱軍の内乱を経て、ウイグル・カガン朝が成立。唐から冊立される。 ・840年、飢饉をもとにウイグル・カガン朝が滅亡。トルコ民族による北モンゴリア支配の終焉。亡国の移民たちは東トルキスタンや河西回廊へと逃れ、前者は天山ウイグル国を建てるもイェケ・モンゴル・ウルスに服属。後者は甘州ウイグルと呼ばれるも、西夏に属したあとイェケ・モンゴル・ウルスに降る。 ・ウイグル・カガン朝の滅亡で生まれた北モンゴリアの政治的空白の中で勃興してきたのが契丹(~1115)だった。 ・1004年、契丹と宋の間で澶淵の盟 ・12~13世紀の寒冷化・乾燥でプロトモンゴル集団の中からモンゴル部族が登場。 ・1206年、テムジンは北モンゴリアを統一。 ・1264年、フビライが弟のアリクブケを破り、大元ウルスが成立。 ・1351年、自然環境の悪化や食糧不足から紅巾の乱が発生。
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モンゴル高原に芽吹いた人々は、やがて遊牧を行い、 歴史の変遷の中で様々な王朝が生まれては消えていった。 最新の考古学と理系研究の協業により、 遊牧王朝の興亡を解き明かしてゆく。 ・現在のモンゴル国とモンゴル高原 ・ユーラシアの王朝の興亡 ・はじめに 第一章 始動する遊牧民族 青銅...
モンゴル高原に芽吹いた人々は、やがて遊牧を行い、 歴史の変遷の中で様々な王朝が生まれては消えていった。 最新の考古学と理系研究の協業により、 遊牧王朝の興亡を解き明かしてゆく。 ・現在のモンゴル国とモンゴル高原 ・ユーラシアの王朝の興亡 ・はじめに 第一章 始動する遊牧民族 青銅器・初期鉄器時代 第二章 台頭する遊牧王権 匈奴、鮮卑、柔然 第三章 開化する遊牧文明 突厥、ウイグル 第四章 興隆する遊牧世界 契丹、阻卜、モンゴル 第五章 変容する遊牧社会 イェケ・モンゴル・ウルス ・おわりに 参考文献、索引有り。 何故モンゴル高原に遊牧民は生まれたのか。 牧畜の起源と伝播。係留飼、放牧、移牧、遊牧の流れ。 文化の流れと共にアルタイ山脈を越える。 同時に、家畜化された馬も伝来する。馬は馬車から騎乗へ。 石器から青銅器へ。そして軍事エリートが登場する。 文化の変遷と副葬品の変化、鉄器製作。鉄工房と馬具の進化。 西ユーラシア人と東ユーラシア人との関係。 交易ルートと草原の道。中小有力者の勢力争いと混乱からの 集団・統合が成され、国が形成されてゆく。 モンゴル高原を統一し、秦・漢と対峙した、 最初の遊牧王朝・匈奴は、中央集権的な統治機構を有した。 部族連合・鮮卑の足跡、カガンが君臨する柔然の台頭。 柔然を大破した突厥第一カガン朝は隋・唐と対峙。 唐により滅亡するが、突厥第二カガン朝が成立。 だが、内部抗争で衰退する。 九つの鉄勒諸部族が連合し支配層を形成、 ウイグルカガン朝が登場。様々な民族が集う都市が出現する。 しかし気象変動による家畜の大量死が起因となる反乱と キルギスの侵攻で滅亡する。 その後、北宋を巻き込む契丹VS阻卜の抗争を経て、 モンゴル部族の集団をまとめ上げた、テムジンの登場。 モンゴル高原を統一し、イェケ・モンゴル・ウルス、 モンゴル帝国の初代君主チンギス・カンと成る。 周辺に侵攻し、帝国の版図を拡大していった。 チンギスと息子の二代君主オゴテイの違いとは? オゴテイは金を滅ぼし、行政機構の整備を手掛ける。 国際都市の新都カラコルムには仏教、イスラム教、 キリスト教などの宗教施設が存在していた。 王位継承を巡る内戦の勃発。勝者クビライの大元ウルスの 中心が大都(北京)に成ったことからの北モンゴリアの 重要度が低下。更に反乱と戦火、穀物不足、そして 明により大元ウルスは滅亡へ。 再度イェケ・モンゴル・ウルスの首都はカラコルムに。 だが結局、イェケ・モンゴル・ウルスは幕を閉じることに。 続モンゴルによるモンゴル高原の支配は、 チンギス・カンの子孫とオイラト部族へ。その後の混乱。 清の登場。そして近代・現代へ。四大ウルスのその後も。 モンゴル高原を中心にした遊牧王朝の興亡は、 モンゴル系、トルコ系など様々な民族集団の群雄割拠と 中国の王朝などの大国との関係、王位継承を巡る内戦が 左右していました。更に気象変動が多大の影響を与えて いたことも、ゲノム解析などの最新の科学での調査で 明らかになっていました。遺跡調査が詳細です。 また、伝統的な遊牧生活に則り、チンギス・カンなどが 宮廷人と家畜群が列になりゲルも運んで、宿営地を季節毎に 巡る移動を行っていたことも、興味深いものでした。
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