- 中古
- 店舗受取可
- 書籍
- 新書
- 1226-10-09
プロ野球選手の戦争史 122名の戦場記録 ちくま新書1788
定価 ¥1,210
990円 定価より220円(18%)おトク
獲得ポイント9P
残り1点 ご注文はお早めに
発送時期 1~5日以内に発送
店舗受取サービス対応商品【送料無料】
店舗到着予定:4/14(火)~4/19(日)
店舗受取サービス対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
店舗到着予定
4/14(火)~4/19(日)
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2024/04/10 |
| JAN | 9784480076175 |

店舗受取サービス
対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる
店舗到着予定
4/14(火)~4/19(日)
- 書籍
- 新書
プロ野球選手の戦争史
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
プロ野球選手の戦争史
¥990
残り1点
ご注文はお早めに
商品レビュー
4.2
5件のお客様レビュー
戦時中のプロ野球とその選手たちの記録。 投げていた白球は手榴弾に変わり、野球用語は全て日本語に変えられた。 未来ある多くの若者たちが戦争で命を落とすことは本当に無念でならない。
Posted by 
このレビューを書いているのは、大谷翔平がメジャーリーグでも大活躍し、ワールドシリーズまで進出し、NPBはパ・リーグの覇者ソフトバンクと、セ・リーグで「下剋上」を果たし、シーズン3位から日本シリーズまで辿り着いた横浜とが戦っている。…という、野球が非常に面白い時期である。 それら...
このレビューを書いているのは、大谷翔平がメジャーリーグでも大活躍し、ワールドシリーズまで進出し、NPBはパ・リーグの覇者ソフトバンクと、セ・リーグで「下剋上」を果たし、シーズン3位から日本シリーズまで辿り着いた横浜とが戦っている。…という、野球が非常に面白い時期である。 それらのすべての始まりである、日本におけるプロ野球(職業野球)の誕生は、あの、日本が大戦へ、敗戦へと歩みを進めていく時代の、二・二六事件と時期をほぼ同じくするのだという。 職業野球で活躍する、又はそれを期待される若者たちが道半ばで戦場へ向かい、戦死する者もいる。あのような世の中でなければ、どのような野球選手としてどのような活躍をし、どのような人生を歩んだであろうか。 あの戦争は、単純に、日本が全面の悪だと断罪できるような、そのようなものではない。 しかしながら、あの戦争により辛い思いをしたり、徴兵や怪我で大好きな野球をあきらめなくてはならなくなったり、戦死した方々にとっては人生を変えられてしまう「悪」である。 あのような戦争が起きてほしくない、そして、今当たり前に野球を楽しめている、平和な世界のありがたみを改めて感じた。 戦争に向かっている、きな臭い渦に巻き込まれている、そんな世の中である。 プロ野球という視点を通じて、戦争と平和について改めて考えてみませんか?もうすぐ野球もオフシーズンですので、ぜひ、読んでみてください。
Posted by 
1937年7月7日盧溝橋事件に端を発し、第2次上海事件、南京大虐殺など、日中全面戦争が始まった。戦争突入の伏線は、1936年2月26日の雪深い日に起きた二・二六事件。陸軍のクーデターのわずか3週間前に、日本のプロ野球リーグが誕生した。大学野球が全盛の時代に、職業野球であるプロ野球...
1937年7月7日盧溝橋事件に端を発し、第2次上海事件、南京大虐殺など、日中全面戦争が始まった。戦争突入の伏線は、1936年2月26日の雪深い日に起きた二・二六事件。陸軍のクーデターのわずか3週間前に、日本のプロ野球リーグが誕生した。大学野球が全盛の時代に、職業野球であるプロ野球がスタートした。1931年、1934年には日米野球が行われ、米国はベーブルースやルーゲーリック、日本は現在も受け継がれる沢村賞の生みの親の沢村英治投手が快投した。日中全面戦争に伴い、徴兵検査や徴兵も厳しくなる。プロ野球選手たちは、徴兵逃れのために大学等に在籍し、球団が援助した。戦争と同時にスタートしたプロ野球は、戦意昂揚や厭戦気分の解消にも活用された。しかし、対米英蘭戦争に突入するとほとんどのプロ野球選手が出兵し、戦死者も増加。一時除隊した選手も瞬く間に再応召される消耗戦として死傷する選手たち。戦争の激化と共にプロ野球選手は年々激減し、チームの合併と縮小。ついには後楽園球場の外野に芋畑がつくられる始末。戦争に翻弄され、戦争に利用され、それでも野球が大好きだった112名の選手たちを丹念に追いかけた書籍であり、平和あってのスポーツ・プロ野球である事を再確認した。(509字) 【閑話休題1】 日本にプロ野球を取り入れたのは、正岡子規と言われている。「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の正岡子規である。ベースボールを「野球」と評した。様々な日本語が活用されたが、戦時中は敵性語として、英語の使用を禁止され、チーム名は日本語標記に変更させられ、審判用語等もむりやり日本語表記へと強制される。その名残が今でも存在する。アウェー試合は「敵地」、グランドスラムは「満塁弾」、タッチプレーは「挟殺」、本塁帰塁の失敗を「憤死」、ダブルプレーは「重殺」、トリプルプレーは「三重殺」。戦時・戦闘用語のオンパレードである。マスコミやスポーツ新聞もこぞって戦時用語を使い続けている。しかし、皇族を「さん」読みする新聞だけは、戦時用語を使わずにプロ野球報道を続けていることを、どれくらいの人が知っているだろうか? 【閑話休題2】 本文にも触れた沢村賞の沢村英治。三度招集され2度は除隊して家族の元に戻ったが、3度目の応召では輸送船の撃沈で死亡した。アニメ「巨人の星」では、沢村の逸話として、手榴弾の投擲(とうてき)距離と精度が抜群であったと紹介される。本書でも同様の基調で論ぜられ、沢村以外の選手たちも手榴弾の投擲大会で好成績を残しているとの事である。靖国神社の「遊就館」には、ロサンゼルスオリンピック馬術のメダリストで、硫黄島の戦車隊で戦死したバロン西の展示が行われている。熊本工業出身で巨人軍の捕手吉原も展示されている。戦前・戦中と日本のプロ野球を牽引した沢村英治の展示は遊就館にはない。そこには、巨人を辞めさせられ、巨人の圧力で他球団への移籍もかなわず、戦地と工場で苦しみ、そして戦争に翻弄された家族の苦しい思いが強く出されているようにも思うのは、私だけだろうか?
Posted by 