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一億三千万人のための『歎異抄』 朝日新書935
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 朝日新聞出版 |
| 発売年月日 | 2023/11/01 |
| JAN | 9784022952394 |

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一億三千万人のための『歎異抄』
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商品レビュー
4.2
13件のお客様レビュー
阿弥陀とは待つ人なのかも知れないね。自然、他力、念仏。全ての人を救うと誓い、ただただ待つ人。いつでもそこにいてくれる人。 我々や他の誰かではなく、私のため。誰にとっても私のため。それに違いなどないし嫉妬したり僻んだりするのもおかしな話。でもそう思ってしまうのもほんと。 「弥陀の五...
阿弥陀とは待つ人なのかも知れないね。自然、他力、念仏。全ての人を救うと誓い、ただただ待つ人。いつでもそこにいてくれる人。 我々や他の誰かではなく、私のため。誰にとっても私のため。それに違いなどないし嫉妬したり僻んだりするのもおかしな話。でもそう思ってしまうのもほんと。 「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。さればそれほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」 我々は、常に既に、ひとりかも知れない。でもだからこそ、他人がいることの有難さが在る。 読んでいたら、あとがきでドストエフスキーと文学、ことばについて。 最近考えていた、仏教学、仏教教育とは何か、ということ。 救われるとかそういうことを知ることではない。 人生は苦しい、というそのことだけかも知れない。 加えて太宰治が! 「ひとへに親鸞一人がためなりけり」 ある言葉に出会って「これは自分にしか分からない」と思うこと。 個人として考えことばをつむぎことばを届ける。
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老若男女を問わず歎異抄を一通り理解できる。その著者の目的は達成できていると思う。親鸞の言葉が異なって受け取られていることに歎く言葉。 阿弥陀の大きな慈悲を信じること。それに尽きるのでは。
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親鸞。 学生時代に吉川英治の小説で読んで知った。 のちには五木寛之の小説で読んだ。 でも、親鸞の言葉を記した歎異抄を読むのは、初めてだ。 「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」。 他力本願。 念仏。 これらの言葉はもちろん小説を通して知っていた。 でも、意味が分かって...
親鸞。 学生時代に吉川英治の小説で読んで知った。 のちには五木寛之の小説で読んだ。 でも、親鸞の言葉を記した歎異抄を読むのは、初めてだ。 「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」。 他力本願。 念仏。 これらの言葉はもちろん小説を通して知っていた。 でも、意味が分かっていたか、と言われれば、怪しいものだ。 今回の高橋源一郎さんの訳を通して、改めて考えた。 この新書にも、いや、歎異抄自身にもあるが、 「意味もわからず念仏を唱えるだけで浄土に行けるなんて、おかしい!怠けてる」 そう考える。多くの人はそう考える。 努力もしないでいい思いができるわけがない、と。 親鸞は違う。 もっと深い。 今回そこを考えた。 努力したから、勉強したから、これだけやったからその引き換えに浄土に行けるだと? 阿弥陀様はそんなもんじゃない。 何を勘違いしてるんだ。 お前がやったことはそんな偉いことじゃない。 人間は無力だ。 学があるやつが浄土に行けて、字も読めない者は行けないというのか。 阿弥陀様は、浄土はそんなものではない。 無心で念仏を唱えさえすれば、浄土に行きたい、と思いさえすれば、だれでも行ける。 善行悪行も同じ。善行をしたから浄土に行けるのではない。 善行も悪行も自分の意志だけではどうにもならないもの。 阿弥陀様はそんなものは見ていない。 唱えること、浄土に行きたいと思うことがすべてなのだ。 人間は無力だからこそ他力本願で、念仏を唱える。 無心だろうが、苦痛だと思おうが(親鸞自身そういってる)構わない。 とにかく現世の苦しさ辛さから逃れたい、浄土に行きたい、と思うことが大事。 その思う手段として念仏を唱えるのだ、と。 ・・・高橋さんの訳を読みながら私なりに解釈したのは上記。 そう、思えばいいんだったら念仏も唱えなくてもよさそうだけど、 人間おろかだから、何かしないと違うことを考えちゃう。 だから唱えて、祈るのだ。 ・・・今の私にピンとこないのは、 そうまでして浄土に行かなくてはいけないのか、ということ。 これはわからない。 今がそれだけつらい、苦しい、ということか。 宗教なんてそういうものなのかもしれない。 でも、私は私自身で生き方を考える。 読書がその支えだ。 1(アミダのお誓い;ジゴクこそわたしにふさわしい場所;悪人だからこそゴクラクに行けるんだ;ジヒってなんだ;いくらネンブツをとなえても誰も救えない;ネンブツはアミダからの贈りものだ;ネンブツは自由だ;ネンブツは、「修行」でも「善行」でもない;ぼくは告白した) 2(もしくは、ぼく自身のための序文;アミダのお誓いの不思議な力;信じてもいいし信じなくてもかまわない;「人を千人殺してみろ」と「あの方」はいった;みんなを救う、ひとりも捨てない;アミダの「ホンガン」という「船」に乗り、ぼくらの「苦海」を渡り、いつかジョウドの岸辺にたどり着く;ほんとうの「回心(エシン)」は生涯にただいちど ジョウドのかたすみに転生(テンショウ)したって大丈夫 寄進やお布施なんか必要ない) その二 ジゴクこそわたしにふさわしい場所その三 悪人だからこそゴクラクに行けるんだその九 ぼくは告白したその十三 「人を千人殺してみろ」と「あの方」はいったその十四 みんなを救う、ひとりも捨てないその十五 アミダの「ホンガン」という「船」に乗り、ぼくらの 「苦海」を渡り、いつかジョウドの岸辺にたどり着く*宗教ってなんだ(『歎異抄』(タンニショウ)を「翻訳」しながら考えたこと)ネンブツと文学/ただひとりのために/正しそうなものには気をつけろ 宗教ってなんだ(『歎異抄(タンニショウ)』を「翻訳」しながら考えたこと)
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