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再読だけが創造的な読書術である
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2023/03/20 |
| JAN | 9784480816825 |

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商品レビュー
3.6
14件のお客様レビュー
読書という行為には、複数の異なる種類のネットワークが関わっていると本書は指摘する。 まず、書物間が互いに参照しあってできるネットワーク。さらに、書物の中の言葉同士が参照して作るネットワーク。そして、書物を読む人の頭の中にある情報からなるネットワークである。 再読とは、過去に読...
読書という行為には、複数の異なる種類のネットワークが関わっていると本書は指摘する。 まず、書物間が互いに参照しあってできるネットワーク。さらに、書物の中の言葉同士が参照して作るネットワーク。そして、書物を読む人の頭の中にある情報からなるネットワークである。 再読とは、過去に読んだ時のネットワークから、新たなネットワークに組み替えられることだ。そのネットワークのずれは「読み手が生きた時間」であると本書は語る。 正解を求めるわけではなく、誰かに評価されるためでもなく、自分自身と向き合うためにする。それが、著者が提案する創造的な読書術である。 「再読」という一見単純なテーマで、ここまで深く語れるのかと驚いた。著書の中で紹介されている本も読んでみたいものが多く、読書に対する意識が変わる一冊。
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・前作に続けて読みました ・表紙がなかなかにくい演出で、タイトルと表紙でさっそく再読させてくる演出にまず痺れました ・どこで読むのをやめても構いません。好きなときに好きなときにやめられるのが読書の本質 ・マッチングアプリと同じように、自分にとっていい本と出会うため、より多くの本...
・前作に続けて読みました ・表紙がなかなかにくい演出で、タイトルと表紙でさっそく再読させてくる演出にまず痺れました ・どこで読むのをやめても構いません。好きなときに好きなときにやめられるのが読書の本質 ・マッチングアプリと同じように、自分にとっていい本と出会うため、より多くの本を読み捨てることは必要なこと ・再読とは、本と本、言葉と言葉のネットワークを再構築すること、テラフォーミング ・古典は時代を超えて読み続けられる価値があったもの、ある意味人類が再読し続けているもの
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
一言要約:読書とは全てが「再読」で、自分の分解と再構成の終わりなき営みである 読書とは想像⇄創造を回す動力で、再読はこれをスパイラルさせることだろう。 読書という行い自体が静的にも動的にも働くが、これ自体が他者の成果物に触れるという受動的な面がある一方で、動画などと違って自らが文字を目で追いページをめくらないと進まない能動的な行いである為だと振り返る。さらに古典で言えば、古より普遍な「静的な知」に触れる価値と、古典に集い形成される4次元の事物によるネットワークに触れる「動的な知」の価値があると理解する。後者は、どの古典(点)に、どんな知を携えた人(線)が、どこ(面)で、いつ(時間)、触れてそれがどう変化していくかという無限の組み合わせや可能性を認識する。古典に触れるとは、まさしく無限の可能性に接続していることなのだろう さすれば、古典とは常に答えではなく問いを与えてくるものであり、かつ広義の「再読」(本側に立てば様々な人に読まれる)の度に情報のシナプスとそれらを繋げるネットワークの形成や組み替えがなされる、これはシュンペーターのいう「新結合」つまりイノベーションであり、まさに「創造的な活動」だろう。著者が何故この活動を「孤独」と表現するかは、一見すると結合を作る活動は「集団形成」など孤独とは対極にある概念に見えるも、読書を進めるごとにネットワークの独自性、独創性が増し、著者のいう「テラフォーミング」が進む、つまりある種の孤独へのひた走りとも確かに言えそうである。それは、本から与えられるものが常に「答えではなく問い」であり、単一の答えを共有する間柄にはこの孤独はないが、問いの共有においては、自分での思考が必要な面で、やはりある種の孤独が生じるのだろうと考察する。 おわりにを読むにあたって今一度頭から「再読」したが、二重の意味の「再読」があることで、「本」はネットワーク形成の「点と辺」を提供してくれると考察する。 本は言葉(知識)の集合体(ネットワーク)だが、人もまた同じである。つまり、読書をすることは知識の集合体である自分と本を一度分解しあって再構築する営みで、それは創造的とも、新生とも言えると理解した。かつ、松岡正剛の編集工学視点でも、この再構築にはエラー(情報の読み違い)は不可避で、これもまた新創造のトリガーになるのだろう(あらゆる発明はミス、エラーがトリガーにもなっている:ノーベル賞を探れば枚挙にいとまなし) 前著「積読が最強の読書」でも、完全な読書は読書をする時点で存在しない言及からも、ここの「開き直り」は重要で、だからこそ「再読だけが創造的」との主張に昇華されたのだろう。序盤は話が発散、中盤もバラバラさはあったが、読者それぞれに本質理解のインターフェースを用意しているとの見方をすれば、能動的読書および再読の実践書であったと振り返る。読者の能動的読書力が試される「試練の書」かもしれない。
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