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小さき者たちの
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松村圭一郎(著者)

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 ミシマ社
発売年月日 2023/01/20
JAN 9784909394811

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商品レビュー

4.8

4件のお客様レビュー

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2024/09/22

私は著者と同郷である。しかし移り住んだ両親も親戚も熊本にはゆかりがない。それ故、何も知らずに育った。いやそれは関係がなく何も知ることがなく育った。いやそれも正しくない。教科書話では学んだはず。熊本の歴史を。なのに何も知らない。その恐ろしさ、恥ずかしさに今気が付いた。 水俣病も知っ...

私は著者と同郷である。しかし移り住んだ両親も親戚も熊本にはゆかりがない。それ故、何も知らずに育った。いやそれは関係がなく何も知ることがなく育った。いやそれも正しくない。教科書話では学んだはず。熊本の歴史を。なのに何も知らない。その恐ろしさ、恥ずかしさに今気が付いた。 水俣病も知っていた。チッソも知っていた。長い間闘っていることも知っていた。でもふんわり蓋をして生きていた。みんなそうだった。誰も覗き込んで話題にする人も、問いをたてる人もいなかった。 今は熊本を離れ別の地で居を構えているが、今になってこんなに心を打たれ考えることになるとは。でもきっと遅いことはない。いつからだって考えはじめることに無意味なことなんてないはず。

Posted by ブクログ

2024/09/08
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

小さな者たちのいとなみを追うことで、社会を動かす巨大なシステムの動きが見える。具体的には、水俣や天草、須恵村で暮らした人々の、その時どきの言葉を通して、生活や価値観の変化が映し出される。 自然や精霊とともにあった時代、近代化に伴いシステムに飲み込まれ人間性を失った社会、朝鮮進出とその陰にあった人々の姿、、、。読みながら、その延長にある現在を生きる自分を、何度も顧みる。 水俣病をめぐる人々の闘いには心打たれた。国から見放され、差別されて、被害を集中化された「貧しい漁民の病」。これは高度経済成長下の、日本の恥なる歴史だ。そしてそれに拘り、記録や報道で歴史を動かしたのは「水俣を見た」といううしろめたさに支えられた(多数ではなく)数人の、志ある人々だったという。システム化された社会構造の中で、既存の大きな力に対して、疑問を抱き闘っていく人々の姿。 翻って、私も考える。なぜ私たちはこんな世界を生きているのか?失ったものと引き換えに得たものは何だったのか?何を背負って生きるのか?私はそうしたことを、きちんと問うているだろうか。

Posted by ブクログ

2024/02/11

 エチオピアをフィールドとする人類学者の著者が、自らが生まれ育った熊本のふつうの人びとが経験してきた歴史を掘り下げようとした試み。そのために著者は、先人たちが残してくれた記録や文章を参照しつつ、人びとの日々の暮らしや生活、思いや感情を丁寧に跡付け、自らの気持ちを綴っていく。  ...

 エチオピアをフィールドとする人類学者の著者が、自らが生まれ育った熊本のふつうの人びとが経験してきた歴史を掘り下げようとした試み。そのために著者は、先人たちが残してくれた記録や文章を参照しつつ、人びとの日々の暮らしや生活、思いや感情を丁寧に跡付け、自らの気持ちを綴っていく。  熊本と言えば、忘れてはならない水俣病。引用される石牟礼道子や原田正純を始め、水俣病患者の川本輝夫や緒方正人の著作、あるいは水俣の人びとの聞き書き等の文章を通して、美しい自然、懐かしい土地や漁業の思い出、チッソとの関係、水俣病発症から原因究明、闘争の長い道のり、患者の苦悩や地域住民の分断などの様相が、鮮明に浮かび上がってくる。そうした普通の人びとの歴史の側に立ちつつ著者は、大文字の歴史ー大日本帝国だったり、資本主義だったりーとの関係を考えていく。  公害病が大きな問題となっていた時代に生きていたし、当時の映像等もかなり見た記憶があるが、水俣病は決して終わっていないのに、正直、直視することを避けてきてしまった。苦しんでいる人を見るに忍びないと言うより、そうした悲惨な状況や原因を見たくないという気持ちがあるためだ。  そういった意味で特に衝撃を受けたのは、「十二、たちすくむ」で引用されている映画監督土本典明の文章。土本が撮影していたとき、ある女性から「うちのこは、テレビのさらしものじゃなか。何でことわりもなしにとったか、おまえらはそれでも人間か。わしらを慰みものにするとか。―あやまってすむとか。みんなしてわしらを苦しめる。写真にとられて、この子の体がすこしでもよくなったか。」土本はこの叱責にショックを受け、一時は立ち直れなくなった。そこからの土本のことは本を読んでもらうとして、これを受けた著者の考察が実に印象深い。「容易には理解や共感などできない。その自覚から「うしろめたさ」が生じる。そうして立ちすくんだあと、何かせざるを得ない状況へ駆り立てられる。」  水俣に加えて、森崎和江の「からゆきさん」で天草のからゆきさんの苦しみが語られ、また、ロバート・J.スミス/エラ・L.ウィスウェルの「須江村の女たち」で昭和10年頃の須江村の女たちの様子が生き生きと描かれる。  そんなに遠い昔のことではなく、まして日本のことであるが、日々都会で生活していると、とても遠いところの出来事のように感じてしまう。しかし、どこかで他人事ではないと感じる自分もいる。  声高に何かを主張する本ではないが、いろいろなことを考えさせられる。ゆっくり、そしてじっくりと読んでほしい。

Posted by ブクログ