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歴史学のトリセツ 歴史の見方が変わるとき ちくまプリマー新書410
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2022/09/08 |
| JAN | 9784480684363 |
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歴史学のトリセツ
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商品レビュー
3.9
15件のお客様レビュー
文章が読みやすくて、かつ歴史学の歴史を大まかに把握できる点で、すごく優れた本だと思う。 歴史学を専攻していない人、これからしようとする人、歴史学を学び始めた人、歴史学専攻の学部生あたりが読むと良い本だと思った。
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確かに歴史の教科書って、個人の記憶や感情と切り離されて書かれてるから面白く感じなかった… ランケ学派が今日までパラダイムの中心になってきたから 言論学的転回の考え方や、それに対して歴史学者がどう抵抗したり受け入れてきたのかが、興味深かった。
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「歴史って何のために学ぶの?」「暗記ばっかりでつまんないよね」という世の中の大多数の人たちに向けて、歴史に対する興味を引き出し、歴史の見方を変えるきっかけを提供してくれる。 初学者から歴史学に精通した読者まで、幅広い層に向けた内容となっており、歴史学の基本から最新の潮流までを網...
「歴史って何のために学ぶの?」「暗記ばっかりでつまんないよね」という世の中の大多数の人たちに向けて、歴史に対する興味を引き出し、歴史の見方を変えるきっかけを提供してくれる。 初学者から歴史学に精通した読者まで、幅広い層に向けた内容となっており、歴史学の基本から最新の潮流までを網羅的に学ぶことができる。 さすがはちくまプリマー新書で、誰が読んでも理解できるように平易な言葉と論理で語られており、全体構成がうまくまとめられている。 読後は歴史学の辿ってきたストーリーを漠然とでも頭の中に思い描けるようになると思う。 歴史学の道のりを広く浅く解説しているので、深掘りしたい分野があれば巻末の参考文献を手に取ってみるのも良し。 (著者曰く、ガチすぎる本ばかりなので初学者がいきなり手を出すのはオススメしないとのこと) ーーーーーーー一以下、抜書きーーーーーーーー . 本書では、歴史学の歴史のなかに登場してきた多種多様な潮流にアプローチするに際して、科学性、スケール(規模、範囲)、記憶との関係、この三つのポイントに着目したいと思います。これは、ぼくが、いまの主流派をなす歴史学が「歴史って面白い」ことを伝えきれていない原因をなしていると考えている三つの特徴に対応しています。 . 科学技術と社会の関係を考える「科学技術社会論(STS)」という学問領域がありますが、科学技術社会論では、専門家と非専門家の関係を「知識を欠如した非専門家に向けて、専門家が知識を与える」ものとして捉えるモデルを「欠如モデル」と呼んでいます。つまり、専門家じゃないひとは専門的な知識が「欠如」している、だから専門家はこの「欠如」している知識を彼らに与える役割を担っている、という考えにもとづいて両者の関係をモデル化したものが欠如モデルです。教科書は、まさにこのモデルにもとづいて作られているわけです。 . 過去の事実に接近するスタンスが過去主義的なものであれ未来主義的なものであれ現在主義的なものであれ、そして、教科書のなかの記述のようにどんなに客観的に記されているようにみえたとしても、歴史は完全に客観的なものではありえない、ということです。むしろ、歴史は主観的なものであるというべきでしょう。 . 小学校から高等学校に至るまでの歴史に関連する教科の教科書は、ほぼすべてが、ナショナル・ヒストリー、欠如モデル、そして記憶の排除という特徴を共有しているといってよいと思います。 ぼくに言わせれば、この三つの特徴をもつ文章は、面白くありません。過去の人々の顔がみえず、専門家が書いているんだから内容は「正しいですよ」と押しつけられているような感じがし、記憶を排除して淡々と事実を書きつらねることによって客観的かつ「漂白」された歴史を提示する本なんて、面白いわけがないじゃないですか。 . 第一に、資料を収集すること。 第二に、資料批判をすること。 第三に、正しいと判断した資料(の部分)にもとづいて、過去の事実を記述すること。 この三つのステップが、ランケが提唱し、その後長いあいだ歴史学者たちが受容してきた歴史学者のしごとの手順です。 . 二〇世紀に入ると、アナール学派(フランス)、労働史学(イギリス)、世界システム論(合衆国)、比較経済史学(日本)など、歴史学は科学であるという立場はランケ学派と共有しつつも、その中核を部分的に批判する潮流が登場します。これら潮流は、同時代的な問題を解決しようとする問題意識に基づいていたり、ぼくらには予想もつかないテーマを取りあつかっていたりして、読者をワクワクさせる成果を生みだしました。 . 一九七〇年代になると、ポスト・モダニズムの一環として、言語論的転回とポスト・コロニアリズムが歴史学に影響を及ぼすようになりました。前者は「モノと、それを表す言葉の関係は恣意的である」と主張し、歴史学者の頭を悩ませました。後者は、現代社会のなかにさまざまな多数派・少数派関係を見出し、その原因を歴史のなかに探ることにより、社会が抱える矛盾に関心を寄せるひとびとの目を歴史に向けさせるという役割を果たしました。 ただし、歴史学のパラダイムの座には、それでもなおランケ学派があったといわなければなりません。 . 冷戦の終結によって解凍された記憶のあいだの対立や矛盾を解きほぐそうとする記憶研究。ともすれば排外主義に陥りがちなナショナリズムに連なるナショナル・ヒストリーを超克することを目指すグローバル・ヒストリー。そして、万人を知識の提供者にして受容者として捉え、ひとびとのコミュニケーションのなかに過去の事実への接近可能性を見いだすパブリック・ヒストリーなどです。
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