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危機の神学 「無関心というパンデミック」を超えて 文春新書1343
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2021/12/16 |
| JAN | 9784166613434 |

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危機の神学
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商品レビュー
4.7
5件のお客様レビュー
危機をテーマにしたこの作品は、私たちが直面する無関心や個の孤立から、共に生きることの重要性を考察しています。特に、コロナ禍を背景に、教皇フランシスコや中世の神学者たちの思想を通じて、危機が新たな視点をもたらす可能性を示しています。著者たちは、危機をただの試練として捉えるのではなく、それを契機に自己を見つめ直し、他者との関係を深めることが求められると強調します。特に「危機こそ画期である」という観点は、私たちに新たな問いを投げかけ、思考を深める手助けとなります。神学の知恵を通じて、祈りや沈黙の重要性、そして「隣人」とのつながりを再認識することが、現代を生き抜くための力となるでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
志村ふくみ・若松英輔『緋の舟』、辰巳芳子『手の味こころの味』『いのちと味覚』をきっかけに、キリスト教(カトリック)の世界の本に少し寄り道している。 その過程で、カトリック教会が、第二バチカン公会議(1962〜1965年)で他宗教との対話を訴え、その実践が今も続けられていることを知り、現代のありようをもう少し知りたくなり、本書を手に取った。 現代の教皇の回勅(司教や信者に向けた公文書)を取り上げながらの解説(対談)なので、上記がわかりやすかった。 「神=至高の正義」の存在を信じ、その正義のために「自分の持っているものを与えるだけはなく、自分自身を与えなければならない(第一章)」とする点には、正直高い敷居を感じた。しかしカトリックは、世界で14億を超える人が入信していると聞く。それが他宗教との対話を継続しているというのは、教義を信じる信じないとは関係なく、大事にしなくてはいけないことだと思った。 「私たちにとって重要なのはイデオロギーではなくコスモロジーなのではないか(註)(第二章)」という意見は、多様性の中での対話のありかたという点で傾聴に値する。 (註) イデオロギー:政治、社会、道徳、宗教などにおける、人々の行動や考え方の根底にある価値観や思想の体系 コスモロジー(宇宙論・世界観):自分をも含めた世界をどのようにイメージし、生きる意味を見出すかという関係性・秩序の枠組み
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本書は神学という営みがどういうものであるかを問いかける書。哲学と神学との関わりはあまり日常的に意識されることはない。しかし哲学の中に神学的な問いかけがあり、神学の内に哲学的な洞察が含まれることを、本書は明示してくれる稀有な本である。著者の二人の対話の中で持ち寄られる本がちょうどそ...
本書は神学という営みがどういうものであるかを問いかける書。哲学と神学との関わりはあまり日常的に意識されることはない。しかし哲学の中に神学的な問いかけがあり、神学の内に哲学的な洞察が含まれることを、本書は明示してくれる稀有な本である。著者の二人の対話の中で持ち寄られる本がちょうどその時を掬い取るようにして、言葉が下りてくるような体験を読者もまた経験できるであろう。 教皇フランシスコの「無関心のパンデミック」への応答としての、祈り。一見近寄りがたく思われるグァルディーニ枢機卿の祈りについての洞察が特に印象的であった。代表する神学者と評されながらもあまり触れることのできない方であるが、陰に陽にその影響は言及されているグァルディーニ(ファーガス・カー『二十世紀の神学者』参照)。そのグァルディーニの具体的な言葉に触れ、具体的には何もできない状況に置かれたとしても、祈りを通して具体的な道筋が一人ひとりにもたらされ得ることが明確な言葉で語られていた。ちょうどパウロがこの世を去る前に書き記した手紙のように、私たちが何をすべきかを問いかけてくるのである。 本書の特徴は神学的問題群が如何に私たちが生きることと密接な関わりをもつのかを明示するところにある。神学者トマス・アクィナスの観想についての洞察が、時代を隔てた哲学者アリストテレスとの深い対話に根ざしたものであることを明らかにしてくれる。さらには現代の私たちに痛切な問いかけをもたらしたアーレントの「悪の凡庸さ」(あるいは「凡庸な悪」)が彼女のアウグスティヌスとの神学的対話に基づくものであることを暗示してくれる。影響関係云々ということではなく、一人ひとりの思想家や哲学者と向き合う時に神学的な背景があるかないかでその読みの深さが変わってくることを本書は伝えてくれるのである。 教皇フランシスコの「無関心のパンデミック」という問いかけはただ知的に優れることをではなく、身近な他者にどう向き合うかを問いかけている。あれをしなさいこれをしなさいという具体的な指示ではなく、一人ひとりがどう他者と出会うことができるのか、どう他者と出会うべきなのかを問いかける教皇フランシスコの言葉に触れることで、読者もまた善きサマリア人の物語の中に自分を如何に見出しうるのかが問いかけられるのである。 本書は言及される本の紹介に留まらず、その紹介される本のエッセンスを引き出し、その中に語られる言葉を通して読者もまたそれぞれに古典との対話へと移り行くことを読者に呼びかけているのである。今、この危機と戦争の時代にあってこそ読むべき書であることを感じた。
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祈る、そして感じること。 読み直しから始めて改めて原点に戻る。コロナはそれに気づかせてくれたのかもしれません。
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