神戸散歩 色々なモノクローム

民井達也(著者)

• 販売会社／発売会社: 神戸新聞総合出版センター
• 発売年月日: 2020/07/18
• JAN: 9784343010834

商品レビュー

2020/08/19

著者は生まれも育ちも生粋の神戸人。三宮トアロードにある、BAR飲酒室のオーナー兼切り絵作家 民井達也氏。切り絵師・故 成田一徹氏に影響を受け、独学で切り絵を習得。

見開きの左側に切り絵、右側に随想を添える構成。

誰もが知ってるポートタワー・元町商店街・ハーバーランドといった神戸のアイコンは押さえられており、観光本・街歩きガイドとしても勿論読むことはできる。

でも本書の特徴は、巷間溢れる『日帰り神戸散策』ではない。今は無き馴染みのお寿司屋の想い出や飲み仲間の歯科医院…といった極私的なテーマを〈散歩〉〈一期一会〉〈寄り道〉の3つに分け、計70点の作品を収録。自身のこれまでの神戸の街との関わりやマーキングを綴る。

ミーツリージョナルやワンダフルこうべ、江弘毅氏のブログには出てこない『民井版神戸』を描くべく、虫眼でカッターを細密画よろしく使いこなしながら、徐々に絵の主役が屹立していく過程が眼前に立ち昇る。この、著者の『描きたいものを切る、描く』姿勢に好感を抱く。

余談になるが、いまだに神戸の街紹介って、メリケンパークを皮切りに北野町の異人館をざっと舐め、トアロード辺りのハイカラ文化の象徴の店をいくつか紹介、ディナーは神戸牛ステーキ、〆はビーナスブリッジからの100万$の夜景…。

このド定番の紹介パターンって、80年代から変わっていない。いや、NHKの連ドラ『風見鶏』の頃の神戸紹介とさほど変わってないんでは…忠臣蔵なら『いよっ！待ってました!!』だけど、毎度毎度同じものを見せられるってどうよである。恥ずかしい。街紹介の切り口が30年も更新されていないって、それは成熟ではなく明らかな衰退でしかない。

まぁ憤懣はさておき、ページを繰りながら、進学とか就職とか…生まれ育った街と距離を置くと、街への『眼差し』も変わる。それがずっと同じ街に住み続けていると、路地や店や1本の街路樹に、時に生々しく、時に瑞々しい記憶が宿り、良いことも悪いこともひっくるめて『想い出』に溢れ、息苦しくなる。

繰り返しになるが、本書の作品には著者自身の記憶が色濃く宿る。それらをひとつひとつ思い浮かべながらコツコツと刻んでいく時間は贅沢だと思う。なによりも想い出を具現化できる芸当を持ったことを大変羨ましく格好良いと思った一冊。