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この国で死ぬということ
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | ミネルヴァ書房 |
発売年月日 | 2019/10/30 |
JAN | 9784623087563 |
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この国で死ぬということ
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【目次】 はしがき 第I部 誰もが、 尊い命だから 第1章 凛として生きる 使命と余命をかけて——映画 『みとりし』 制作 がんの告知が突き動かした 映画制作への支援の輪 凛として生きていきたい 私の出会った観音様たち (2篇) ◆一輪の花に愛/◆凛としていさ...
【目次】 はしがき 第I部 誰もが、 尊い命だから 第1章 凛として生きる 使命と余命をかけて——映画 『みとりし』 制作 がんの告知が突き動かした 映画制作への支援の輪 凛として生きていきたい 私の出会った観音様たち (2篇) ◆一輪の花に愛/◆凛としていさぎよく 死が大切にされている島 死は第二の誕生 第2章 家族の手から離された 「介護と死」 両親の愛に育まれた生と死 父の教え 「ありがとう」 が支えだった 高齢者介護の世界に飛び込んだけれど 幸齢者を最期まで看取りたい 看取りの家 「なごみの里」 を開所 「でもこれが愛の論理なのですよ」 ボランティアの協力あってこそ 島の温かい家族たち 真心が身に沁みる協力者に支えられ 第3章 死と生の原点を見つめて 人間としての尊厳を守るために 死の壁をひとりで乗り越える孤独 初めての看取り——寂しさの中の尊厳 魂の故郷へ帰って行く 「安らかな死」 自死でもお迎えは来ている たとえ声は出せなくても 「ボケ万歳、 寝たきり万歳、 人間万歳」 4つの苦しみ 「死の尊さは、 命の尊さ」 第II部 この国で死ぬという 「現実」 第4章 多死社会へのパラダイムシフト 祈らずにはいられない 苦悩する医師たち 「死を不幸にしない」 パラダイムシフト 3人の天使 病院で死ぬしかない現実 地域包括医療の中で悩むプロ 延命治療と勇気の決意 人生の一番の苦しみは 「死なせてもらえないこと」 孫の顔を見てから亡くなったおばあちゃん 第5章 尊厳ある死を守るためには、 わがままでいい “逆縁"をエゴと思わない若者の死生観 多死社会・超ソロ社会に備えて 本人の希望や意志を最優先する 何時間もかけて魂のエネルギーを放出する 看取りは “許し" を生む 「我生かされて、 今、 ここにあり」 第6章 「ありがとう」 は祈りの言葉 「大丈夫だよありがとう」 ひとりで死ぬことはできない 最期の1パーセントが幸せなら 幸せな最期の法則——“おひとり様" でも大丈夫 魂のエネルギーを受けとめる 第III部 看取りは命のバトンリレー 第7章 遺された人たちの命のバトンリレー 映画 『みとりし』 最後のシーン 人間は死んだら 「愛そのもの」 になる 希望を届ける努力 看取りの仕事は5つ きちんと看取れなかった人の 「臨終コンプレックス」 「看取り直し」 も大切な命のバトンリレー 死者と対話して、たくさん涙を流してください 法要は大切なバトンリレー 第8章 看取り士たちの声 映画 『みとりし』 はなぜ未完成? 看取り士たちの生の声 我が子の死で大きな愛の気づき 我を捨てる——「はい」 という素直な心 人生の修行と感謝の循環 自分を生まれ変わらせる 「胎内体感」 死ぬのが恐くなくなる 「看取り学」 第9章 やさしく、 やさしく、 やさしく 看取りの際の 「4つの質問」 看取り士を活用する方法 看取りの作法 「大丈夫」 という言葉かけの意味 看取り士とエンゼルチームの連携 看取りの姿勢 臨命終時——旅立つ人と呼吸を共有する 「QOD(死の質)」 を高めるために 子供も幸齢者も集える 「ももたろう食堂」 の未来 あとがき 日本看取り士会のこれから エンディングノート
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看取り文化を広めるための書籍である。著者は離島で看取りの家「なごみの里」を運営した。さらに「看取り士」を創設した。本書は高齢者を幸齢者と呼んでいる。 看取り士は「人間としての尊厳を守るということが最も大切」である(58頁)。延命治療を受けず、自然死を求める傾向が強いが、それを押し...
看取り文化を広めるための書籍である。著者は離島で看取りの家「なごみの里」を運営した。さらに「看取り士」を創設した。本書は高齢者を幸齢者と呼んでいる。 看取り士は「人間としての尊厳を守るということが最も大切」である(58頁)。延命治療を受けず、自然死を求める傾向が強いが、それを押し付けるものではない。私は延命治療拒否や自然死の言説に対して警戒心を持っている。医療費削減など社会の負担を軽減するために死なせようとする動機から主張される見解もあるためである。私は本人の意図に反したり、本人の意思を確認しなかったり、本人が強く意思表示しなかったりすることから死なせることがあってはならないと強く訴えたい。 著者は「ご本人の意志による選択の自由」を尊重する(58頁)。本人の意志を尊重するということは延命治療を受けたい意志も尊重することである。実際、著者は自然死を希望していた入所者が病院に行きたいと行ったため、病院に連れて行った経験がある(125頁以下)。著者は「人の心は変わるものです」という(127頁)。これは厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」と同じ立場である。ガイドラインは「心身の状態の変化等に応じて、本人の意思は変化しうるもの」とする。 著者は病院に運んだことで家族から反発を受けた。ここからは自然死の希望は本人よりも家族の意向ではないか。本人も家族の意向を忖度して自然死希望と言ったのではないか。「なごみの里」で家族と離れて暮らすうちに病院の行きたいという本音が出るようになったのではないか。 自然死や看取りにはできるだけ手をかけないで死ぬまで待つというネガティブなイメージがある。その種の貧困ビジネス的な悪徳事業者が存在することも否めない。これに対して著者は徹底して幸齢者本位である。「幸齢者が『モナカを食べたい』と言えば、すぐさま買いに行く。島になければ、本土からでも取り寄せる」(59頁)。 これはホテル「ザ・リッツ・カールトン大阪」のサービスと共通する。ザ・リッツ・カールトン大阪では宿泊客から「大阪名物のタコヤキが食べたい」とのルームサービスの注文がなされたが、ルームサービスメニューには「大阪名物のタコヤキ」はなかった。そこでスタッフは顧客の承認を得て、北新地まで歩いて、たこ焼きを購入した(林田正光『リッツ・カールトンで学んだ仕事でいちばん大事なこと』あさ出版、2004年)。 著者はマクドナルド勤務経験がある。このために民間感覚のサービス業精神を持っているのだろう。大きな理想を抱いて福祉の仕事を志す人も少なくないが、逆に公共目的に偏って個々人の希望を軽視する傾向に陥る場合がある。著者は、その落とし穴にはまっていない。 本書は病院で死にたくないという病院勤務経験者の思いを紹介する。「まるでモノのように扱われ、順番待ちをしてお風呂に入る。決められた時間に起き、みんなと同じ入院着を着て、みんなと同じ食事を摂る暮らし、そして最後は管につながれる。そうした方をたくさん見送りながら、自分はもっと人間らしく最後を終えたいと願っていた」(132頁) これは延命治療や自然死を求める以前に病院が患者を管理する施設になっていることが問題である。もっと病院が民間感覚のサービス業精神を持てば大きく改善するだろう。
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