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沖縄人として日本人を生きる 基地引き取りで暴力を断つ
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 解放出版社 |
発売年月日 | 2019/03/15 |
JAN | 9784759267853 |
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沖縄人として日本人を生きる
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【沖縄と日本の間にある哲学】 住民の約二割が沖縄県出身とされ、「ウチナーンチュ(沖縄人)の街」ともいわれる大阪大正区。その路地に佇む関西沖縄文庫を1985年から主宰するのが金城馨氏である。 この本は二部構成となっている。第一部は、金城氏に魅せられたしかたさとし氏が、金城氏の生い立...
【沖縄と日本の間にある哲学】 住民の約二割が沖縄県出身とされ、「ウチナーンチュ(沖縄人)の街」ともいわれる大阪大正区。その路地に佇む関西沖縄文庫を1985年から主宰するのが金城馨氏である。 この本は二部構成となっている。第一部は、金城氏に魅せられたしかたさとし氏が、金城氏の生い立ちからアイデンティティの模索、県外移設=基地引き取りという発想から人びとを巻き込み現在に至るまでの軌跡をふりかえるインタビューとなっている。第二部では、基地引き取り論を「本土」から提唱する高橋哲哉氏との対談を収録。 本書に通底するのは、沖縄と「本土」の間でさまよいながら、「沖縄人として日本人を生きる」ことを探究しつづける金城氏の哲学である。彼にとって基地引き取りとは、「過去に「出会い直す」ことで、暴力や差別の支配から解放された未来に出会うため」に不可欠の実践なのだ。(さとちん/本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会)
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「違いを認め合うこと」が共生であるという認識が大きな誤解であるということに改めて気づかされた(p.54)。「違い」は単に認識するだけではなく、それを「維持」にまでもっていくことに難しさと意義があるのだ。そしてそのためにはある種の「壁」が要ることも。 先日江戸川区議会議員のよぎさんが「居住地を決めてしまってはいけません。そうするとよけいな偏見が生まれる。」と言っていたので、さあ、壁はあるべきなのか否か、と思っていたのだけれど、何のことはない、金城さんの言う「壁」はあくまでも概念上のものなのですね。それがわかってすっとした気分になった(遅すぎるだろ)。 そして、現在、日本人の多くは「沖縄」に対してほぼ無関心であることについては、もうこれは「見て肌で知る」しかないと思う。自分がそうだったからといって、多勢の同胞をそれほどに鈍感だとは思いたくないけれど、でも、那覇から読谷村のレジャーエリアにたどり着くまで、両側に基地の塀が絶えることがない、という事実。京都市内から高槻市までに相当するその距離で阪急電車が基地の間をぬって走るなどということが想像できるだろうか。 多くのヤマトンチュにとって、基地は「ある程度の許容範囲(p.104)」のものにしか過ぎない。金城さんが訴えかける「引き取り」ということを、少しでも具体的に想像してみるだけで、それはわかる。それがとっくに許容範囲を大きく超えているのが沖縄にとっての「基地」であり、「戦争」への実感なのだ。 対談で相手をつとめた高橋哲哉さんはもって字の如く哲学者だ。そのためなのか、倫理的な平和観と政治的な実行概念との間をとても上手く説明してくれている。反戦平和はあくまでも倫理的な要求であり、その実現には政治的な選択をしなければならない。それは同時に一定の妥協と詭弁を要する場合もある。日本の平和運動がいつまでたっても脆弱なのは、こういったことへの理解がきちんと進まないから、そのための教育を怠っているから、そういう印象を持った。
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