- 中古
- 書籍
- 新書
- 1226-30-01
世界史の実験 岩波新書1762
定価 ¥968
330円 定価より638円(65%)おトク
獲得ポイント3P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2019/02/21 |
| JAN | 9784004317623 |
- 書籍
- 新書
世界史の実験
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
世界史の実験
¥330
在庫なし
商品レビュー
3.5
9件のお客様レビュー
本書は、著者の創造性溢れる柳田邦男論とでもいおうか。第一部では彼の著作「実験の史学」を引き合いに考察を進める。歴史は実験できるのか?という問いに対し、自然実験も自然が実験をするのではなく、実際は人間による比較分析であることを挙げ、柳田の郷土研究はまさにこの視点に立脚していると説く...
本書は、著者の創造性溢れる柳田邦男論とでもいおうか。第一部では彼の著作「実験の史学」を引き合いに考察を進める。歴史は実験できるのか?という問いに対し、自然実験も自然が実験をするのではなく、実際は人間による比較分析であることを挙げ、柳田の郷土研究はまさにこの視点に立脚していると説く。新渡戸稲造や藤村藤村にまつわる話が興味深い。第二部は「山人から見る世界史」とあるが、柳田邦男についてのアラカルトな試論か。著書名並びに第一部と第二部の関連性がいまいちピンとこないものの、内容そのものは興味深い。
Posted by 
「世界史の構造」から深い感銘を受けていたので、深く考えずに本書を購入しました。結論は大変満足しています。毎回思うのですが、柄谷氏の論考は正しい/正しくない、という軸よりも面白さ、あるいは技量で評価すべきではないかと思います。私が思う柄谷氏の面白さとは、思いもよらぬ点を結びつける力...
「世界史の構造」から深い感銘を受けていたので、深く考えずに本書を購入しました。結論は大変満足しています。毎回思うのですが、柄谷氏の論考は正しい/正しくない、という軸よりも面白さ、あるいは技量で評価すべきではないかと思います。私が思う柄谷氏の面白さとは、思いもよらぬ点を結びつける力です。本書の冒頭では柳田国男とジャレド・ダイアモンドを結びつけておられますが、この2人を結びつけられるのは世界で柄谷氏だけでしょう。その後も素人には予想もつかない分野の思想が新たに結び付けられて、柄谷ワールドとも呼べる立体曼荼羅的な世界観が繰り広げられています。その意味では、あたかもチベット密教の僧侶が多彩な色の砂を使って、地面の上に美しい砂曼荼羅をライブで描いている様をみている観光客のような気分といえるかもしれません(驚嘆のまなざしで、そういう模様が浮かび上がってくるのか・・・とみているような感覚)。 本書のなかで、柳田国男が陸の道だけでなく(識別不能な)海の道にも着目して文化の伝搬パターンを考えた、という点は特に面白いと感じました。インターネット全盛時代、つまり「電子の道」全盛の現在に照らすと、日本のアニメなどは簡単に物理的な距離を超えて伝搬し、日本語の単語も世界にひろまっているようです。そのような状況を数百年後の文化人類学者が発見したら、さてどう判断するのだろうと思ったりしました(あるいは高度なAIがズバッと伝搬経路を特定化してしまうのかもしれませんが・・)。
Posted by 
2010年に『世界史の構造』を書き終えた柄谷行人が、柳田国男について考察した一冊。 第一部は「実験の史学をめぐって」と題され、主に柳田国男が戦前に発表した「実験の史学」の評価がテーマとなっている。柳田国男は日本各地での方言の共通性を調査することで、空間が離れつつも共通した歴史・...
2010年に『世界史の構造』を書き終えた柄谷行人が、柳田国男について考察した一冊。 第一部は「実験の史学をめぐって」と題され、主に柳田国男が戦前に発表した「実験の史学」の評価がテーマとなっている。柳田国男は日本各地での方言の共通性を調査することで、空間が離れつつも共通した歴史・文化が存在しているということを比較文化論的に示そうとした。しかしながら、その後で柳田はこうした探求のアプローチを取ることがなくなり、その背景にある彼の思想の変化と共通性を炙り出すのが第一部でのテーマである。 続く第二部は「山人から見る世界史」と題され、天狗や仙人として表象され、平野部の社会からは完全に途絶された世界を生きる”山人”に対する柳田国男の興味と、そうした表象をインドなど他国での表象と付き合わせつつ、その意味するところを探る論考となっている。 いずれにしても、柄谷行人と柳田国男、という取り合わせが個人的には意外であり、民俗史に関する独特の探求アプローチが面白い。
Posted by 
