- 中古
- 書籍
- 書籍
- 1203-03-30
木村政彦外伝
定価 ¥2,860
1,650円 定価より1,210円(42%)おトク
獲得ポイント15P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | イースト・プレス |
| 発売年月日 | 2018/08/18 |
| JAN | 9784781617015 |
- 書籍
- 書籍
木村政彦外伝
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
木村政彦外伝
¥1,650
在庫なし
商品レビュー
4.4
12件のお客様レビュー
「枯れない殺意」(猪瀬)で殺の念で力動を呪い殺した木村。 「この本は救いである。そしてリベンジは果たされた。」 勝ったのは木村だ。死後20年も経ってこんな熱烈なラブレターを送ってもらえたのだから。
Posted by 
この本を読んで胸が熱くなりました。しかし一方でこうした過去の日本人の偉大な営み、業績がいまとこれからの日本人に伝わらずに失われてしまったのではないのかとも悲しい思いにもなってしまいました。 昔の日本は柔道人口が多くて、日本中でまちぐるみで大きな盛り上がりがあり柔道人気もとても高か...
この本を読んで胸が熱くなりました。しかし一方でこうした過去の日本人の偉大な営み、業績がいまとこれからの日本人に伝わらずに失われてしまったのではないのかとも悲しい思いにもなってしまいました。 昔の日本は柔道人口が多くて、日本中でまちぐるみで大きな盛り上がりがあり柔道人気もとても高かった日本なのに。 日本人にとって大切なものが失われていってしまった。 増田さんが胸が詰まった山下泰裕の言葉 木村政彦・山下泰裕対談:オランダでは、会場にヘーシンクやルスカが来ていまして、すごいんです。人気が。外国の人達は、自分の国の生んだ英雄をとても大切にしますね。現在、彼らがどんな職業についているとか、関係なしで、本当はそれが自然なんだろうけども、ああいう光景は日本では見られんですが 山下は、この一言を言いたくて、この一言をかけたくて、それだけが言いたくて、この対談を頼んだのではないか。山下の優しさと偉大さがにじみ出る言葉だ。 木村:山下くんなんか、これまでせっかくなったんだから、今度はね、高い観点から日本柔道を指導する。それとともに国家を動かすというような役割になってもらいたいな。学校の先生で終わるというくらいの程度じゃ、僕みたいな程度でおしまいじゃダメだよ。柔道とは何かというものから、これをいかに日本のために有益に用いるのかと、そういうところまで発展させるのがあなたの今後の使命じゃないかと思うんだ。ほんとだよ。あいつもとうとう柔道の先生で終わったのかと、僕を失望させるなよ。落胆させるなよ。 武徳会高専柔道 昔の木村政彦さんとか柔道関係の動画が日本に残っていない。アメリカとNHKによって日本人の偉大な営み・業績・財産が消されてしまった。 昔の柔道家の柔道衣のズボンはタックル対策で短かった。 大正末期から昭和の初期にかけては高専柔道大会を中心に寝技が盛んに行われていた。 金光弥一兵衛、野上智賀雄、阿部謙四郎等々の人たちのことを初めて知ることができました。 井上靖さんが、四高柔道部員の多くが第二次世界大戦で亡くなられた。壁にかけられた亡くなられたOBの名札を見て絶句したまま涙を流されていた。 七帝戦は明治31年(1898)の一高対二高の旧制高校の対抗試合から始まった。 高専柔道の始まりは第1回大会の大正3年(1914)になり、大会が戦争で中断されるまで27回開かれわずか27年の間に現在にも連なる世界の格闘技の寝技の原型を作った。 前三角絞めや膝十字固めなどの技を開発した。 後の日本を代表する人物たちも輩出した。 これらの日本人の先人たちの業績をなんとか引き継いでいかなくてはいけない。 この本を執筆してくださった増田俊也さんに大変感謝いたします。
Posted by 
プロ柔道からプロレスラーに転向した木村政彦が力道山にノックアウトされた動画を見た後のヒクソン・グレイシーの言葉である。父親のエリオ・グレイシーはグレイシー柔術の創始者で木村に敗れている。この時決めた腕緘(うでがらみ)をグレイシー柔術では木村に敬意を表して「キムラ・ロック」と呼んだ...
プロ柔道からプロレスラーに転向した木村政彦が力道山にノックアウトされた動画を見た後のヒクソン・グレイシーの言葉である。父親のエリオ・グレイシーはグレイシー柔術の創始者で木村に敗れている。この時決めた腕緘(うでがらみ)をグレイシー柔術では木村に敬意を表して「キムラ・ロック」と呼んだ。 https://sessendo.blogspot.com/2021/12/blog-post_19.html
Posted by 
