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鬼と日本人 角川ソフィア文庫
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鬼と日本人 角川ソフィア文庫

小松和彦(著者)

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 KADOKAWA
発売年月日 2018/07/24
JAN 9784044004026

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鬼と日本人

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みんなの感想まとめ
  • 鬼の文化的役割
  • 日本の伝承と鬼
  • 闇の歴史の探求
  • 片側人間の視点
  • 鬼と人間の境界
  • 日本の民間信仰
  • 鬼の多様な象徴性
  • 芸能と鬼の関係
  • 日本文化の深層分析
  • 精神世界の影響

鬼とは何かを深く考察する作品であり、古代から現代に至るまでの日本文化における鬼の存在を多角的に探求しています。著者は、鬼が持つ多様な象徴性や、民間伝承、芸能、絵画などを通じて、鬼の役割や意味を明らかにしようとしています。特に「片側人間」という概念は新鮮で、鬼と人間の境界が曖昧であることを示唆しています。また、鬼の歴史的背景や文化的意義についての考察は、中心と周縁の関係を理解する手助けにもなります。複数の小論文やエッセイが収められており、重複する内容もありますが、それぞれの視点が鬼の複雑さを浮き彫りにしています。全体として、鬼の存在が私たちの精神世界にどのように影響を与えているのかを考える貴重な一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2021/07/22

鬼とはなにか 鬼の時代―衰退から復権へ 「百鬼夜行」の図像化をめぐって 「虎の巻」のアルケオロジーー鬼の兵法書を求めて 打出の小槌と異界―お金と欲のフォークロア 茨木童子と渡辺綱 酒呑童子の首―日本中世王権説話にみる「外部」の象徴化 鬼を打つ―節分の鬼をめぐって 雨風ふきしほり、...

鬼とはなにか 鬼の時代―衰退から復権へ 「百鬼夜行」の図像化をめぐって 「虎の巻」のアルケオロジーー鬼の兵法書を求めて 打出の小槌と異界―お金と欲のフォークロア 茨木童子と渡辺綱 酒呑童子の首―日本中世王権説話にみる「外部」の象徴化 鬼を打つ―節分の鬼をめぐって 雨風ふきしほり、雷鳴りはためき・・・妖怪出現の音 鬼の太鼓―雷神・龍神・翁のイメージから探る 蓑着て笠着て来る者は・・・もうひとつの「まれびと」論に向けて 鬼と人間の間に生まれた子どもたち―「片側人間」としての「鬼の子」 神から授かった子どもたち―「片側人間」としての「宝子・福子」 あとがき

Posted by ブクログ

2018/08/26
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

・鬼は私の関心事である。だから、小松和彦「鬼と日本人」(角川文庫)を読んだ。例の如く鬼の定義を示す。「怪力・無慈悲・残虐という属性はほとんど変化していない。鬼は、なによりもまず怖ろしいものの象徴なのである。」(6頁)かう書いたうへで、怖くない鬼がゐることを述べて、「だが、そうした鬼は、怖ろしい鬼がいるからこそ生み出された変則的な鬼であり、そこに鬼の本質を見いだすことはできない。」(同前)と言ふ。あくまでも鬼は怖いものだといふのである。本書の諸論文はこの線でまとまつてゐる。鬼は怖いものだと言ひ続ける。「留意したいのは、異形の者、無慈悲な者、人間より大きく強靱な者等々の属性が鬼に与へられるということから、それを敷衍して、さまざまなもの属性に対しても鬼という語が冠せられることがあるだろう。」(12頁)オニヤンマとか鬼監督の類である。どこまでも、鬼は怖いものなのである。だから、目次を見ると、百鬼夜行絵巻や茨木童子、酒呑童子を初めとして、怖い鬼のさまざまな生態が並ぶ。だから、「あとがき」で、「『鬼』は大昔から日本人が特定の現象や存在に対して用いた民俗語彙・民族概念なのである。」(265頁)とあるのは納得できる。ちなみに、「『妖怪』は研究者が用い出した学術用語・分析操作概念であ」(同前)るとか。つまり妖怪といふ語は新しく作られた語であるらしい。とまれ、鬼は昔から鬼であつて怖いものだつたのである。 ・以上、本書を読んで納得できる人もゐるに違ひない。さういふ人の周囲には、おとぎばなしや昔ばなしの鬼がゐるだけで、それ以外の鬼がゐないのであらうと思ふ。しかし、世の中、広いのだと言つたところで、私が言ふのではなかなか納得してはいただけないであらう。しかし、それ以外の鬼がゐるのである。例へば東三河地方平野部の春祭り、ここに鬼が出る。何か所で出てゐるのか。数へたことがないので分からない。20か所ぐらゐであらうか。もつとゐるかもしれな い。これらの鬼はいづれも怖い鬼と言へるかどうか。それこそまだ何も分からない乳児はその鬼を見て泣く。怖がる。正に怖い鬼である。ところがこの鬼、ひとしきり泣かせておいてから乳児に飴やタンキリを与へる。かういふことが何年か続くと、鬼は怖くないと分かつていくのである。さう、東三河のおまつりの鬼は怖くない。例の如き鬼の風貌で、例の如く怖さうにはするが、その実、決して怖くはない。少なくとも、物心着いた人間にはあの鬼は怖くないのであると思ふ。 これは筆者の鬼に合はない。鬼には「異形の者、無慈悲な者、人間より大きく強靱な者等々の属性」があるといふ。少なくとも、その「無慈悲な者」といふ属性には合はない。形は異形であつても、東三河の鬼は無慈悲ではない。東三河の鬼が安久美神戸神明社の鬼祭の鬼から来てゐるのであれば、あるいは、からかひの最後に天狗に負けて逃げ出す時にタンキリを撒く、ここが出発点かもしれない。それが石巻神社等から広がつていつたのかもしれない。タンキリを撒き、飴を撒 く、さういふのが鬼なのである。これは、敷衍すれば幸せをもたらす鬼といふことになる。筆者はかういふ鬼について書いてない。知らないとは思へない。まだそこまで考へが至らないのであると思ふ。鬼は幸せをもたらす存在であるといふ考へは昔からあるはずである。それについて是非書いてほしかつたと思ふ。鬼が怖いものであるのは良い。それがなぜ幸せをもたらすのか。打出の小槌で大きくなれた一寸法師、その小槌は鬼の残したものである。かういふところに幸せをも たらす鬼がゐるのかどうか。あくまで本筋から外れた鬼だといふのであらうか。

Posted by ブクログ

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