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死を忘れるな
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 白水社 |
発売年月日 | 1990/07/10 |
JAN | 9784560042700 |
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死を忘れるな
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老人達の群像劇で老齢の人々のしみじみ心温まるような話ではないのだが。ある老人の所に「死を忘れるな」という電話が何度かかかってくる。最初は最期の日に備え悔いのないような人生を送って欲しいというメッセージなのかと思ったが、死ぬ前に遺産をちゃんと明確にしとけよ、ということなの?ミュリエ...
老人達の群像劇で老齢の人々のしみじみ心温まるような話ではないのだが。ある老人の所に「死を忘れるな」という電話が何度かかかってくる。最初は最期の日に備え悔いのないような人生を送って欲しいというメッセージなのかと思ったが、死ぬ前に遺産をちゃんと明確にしとけよ、ということなの?ミュリエル・スパークは突き抜けすぎて後ろを振り返ったりしないのかな。あとがきにイギリスでカソリックを宗教として選ぶことの難しさみたいな解説がある。きっと読み取れないメッセージが沢山あるんだろう、きっと。
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恐れられている人が恐れてる ミュリエル・スパーク、「死を忘れるな」。 この小説、登場人物がほぼ70歳より上という高齢者小説(若くても50歳代(笑))。P50くらいにはこの小説の主な舞台の一つである老人病棟の新任婦長を巡って、みんながこの婦長を恐れていると見舞いに来たレティに対し...
恐れられている人が恐れてる ミュリエル・スパーク、「死を忘れるな」。 この小説、登場人物がほぼ70歳より上という高齢者小説(若くても50歳代(笑))。P50くらいにはこの小説の主な舞台の一つである老人病棟の新任婦長を巡って、みんながこの婦長を恐れていると見舞いに来たレティに対して説明するテーラーが、「実は婦長がここの年寄りを恐れている」と付け加えている。これを作品タイトルに絡めて読むと、死をみんなが恐れているけど、死(神?)の方も人間を恐れている、とこうなる(のかなあ)。 スパークの文体の特徴として、簡潔で文章の繰り返しが多いということを解説では述べている。それは今のところ自分にはリズム感のよい小説というより、堂々巡りでどこが終わりで始まりだかわからない巻物みたいな小説といった感がある。日常生活自体は圧倒的に後者なのだから、これこそリアリズム? (2015 08/30) 自分以外に自分の存在はあると思うか …というような言葉が、「死を忘れるな」の副主人公格というか狂言回しというか…から発せられます。どうなんでしょう。このセリフはどうやらこの男の愛情表現らしいのですが…この場面は老人病棟での回想にまたその中での回想というおおよそ20年刻みの3時点の事柄が、刻み込まれて並べられている。 この人物は老人心理学?の研究の為として、人物録みたいなのを実に細かくつけているらしい。 …130ページにして、やっと20代の人物が出てきた… 犯人は死神? 「死を忘れるな」も中盤にさしかかり、いろんな方向に話は進んでいくけど、なんだか一番肝心なところをつかみ損ねているような気もだんだんしてくる… そんな中、小説中を貫くミステリーである「死を忘れるな」電話の被害者?が知り合いの元刑事の家に集まって話をする、という場面が出てくる。といってもレティなどはこの刑事こそ犯人なのでは、と思っているみたいだけど… その元刑事モーティマーはこんなことを言い出す。 死を忘れない訓練をするわけですよ。これくらい人生を充実させてくれる訓練はない。…(中略)…たえず死を感じていなければ人生は味気ないよ。卵の白味を食べて生きているようなものだ。 (p206) (白味というのは訳者永川氏の狙った当て字か?) こういう意味のことが解説にも出てくる。そして何より哲学は死の練習とかなんとか言ってませんでしたっけ。ソクラテス? だったら、この忠告?に耳を傾けるかどうかで登場人物のこれからが決まるのか。 ということでモーティマーはこの電話犯人を死神ではないか、と言ってはいるが…そんな彼のところにも電話は来る。それも彼のところだけは女声で… そして、この会合では、今まで出てこなかった、出てきている人々にも面識のない人々が被害者?として集まっている、というのも気になるところ。最初の小説構想からはみ出して一人歩きし出したのか。どこまで膨らむのか。気になるところ。 (2015 09/01) 近代の鋭さ、古代の笑い 「死を忘れるな」を今さっき読み終えた。 はじめてひとを欺こうとするとき なんと縺れた蜘蛛の巣を織ってしまうことか! 小説という芸術は、ひとをだますこととそっくりでしょう (p257) 元?小説家であるチャーミアンの言葉。まあ、だいたいの小説家(スパークも?)が上手くできた作品は登場人物が作者の意図を越えて勝手に動く、と言うけれど、その原因というか結果というか、作品はかなり複雑になってしまう。 解説には、古代エジプトの宴会でのドクロや古代ローマの皇帝の背後の奴隷始めとした「メメントモリ」の系譜に触れている。シェークスピアなどにある道化もその系譜に位置付けられる。そして解説では同じカトリック改宗者作家のグリーンと比較して、グリーンには現代的なきびしさが、スパークには古代的なおおらかさがある、と書いてある。 おおらかな、笑い。例えばこんなところはどうだろうか。ガイとパーシーの喧嘩?の場面から。 彼は頭をさげ、目をくるくるまわして、突進する雄牛のように、薄茶色の眉毛の下からふたりをにらんだ。ただ、彼はあまり雄牛には似ているほうではない。 (p263) スパークっていう作家は、ひょっとしたら最初に名言や細かな場面を作って、後でジグソーパズルかモザイク画みたいにはめ込んで作っているんではないかな、なんて思えてしまう。いろいろな憐れみを繋ぎ目として。 (2015 09/02)
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