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よい教育とはなにか 倫理・政治・民主主義
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白澤社 |
| 発売年月日 | 2016/01/01 |
| JAN | 9784768479605 |

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よい教育とはなにか
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商品レビュー
3.8
5件のお客様レビュー
本書のレビューが低いのは、明らかに「よい教育とかなにか」というタイトルをつけた者のせいである。本書自体はとても素晴らしいが、原題のミスリーディングと、読者の理解が追いついていない印象だ。 本書は「よい教育とはなにか」を純粋に求めて読むべきものではない。 本書の原題は "...
本書のレビューが低いのは、明らかに「よい教育とかなにか」というタイトルをつけた者のせいである。本書自体はとても素晴らしいが、原題のミスリーディングと、読者の理解が追いついていない印象だ。 本書は「よい教育とはなにか」を純粋に求めて読むべきものではない。 本書の原題は "Good Education in an Age of Measurement(測定の時代におけるよい教育)" であり、根底には現在の「エビデンスに基づく評価」やパフォーマティブな(見せかけの、外面だけ良くて実態の伴わない)教育への批判がある。 つまり、本書は「良い教育」についての探究書というよりは、「学習成果の可視化」という教育測定への批判であり、 ・「教育測定 vs 教育評価」という教育評価論の歴史的展開 ・「量的評価 vs 質的評価」 ・「説明責任 vs 応答責任」 ・「技術的妥当性(測りたいものを測れているかという従来の構成概念妥当性)vs 規範的妥当性(測りたいものは本当に測る価値のあるものか)」 の構図を念頭に置いて読まなければ、理解を外すことになるだろう。 本書が不当に低い評価を受けている原因はおそらくこれであろう。 なかでも、「説明責任 vs 応答責任」の理解は、本書を読むための前提となるものである。そのため、未読の読者のために補足したいと思う(説明を間違えていたらご指摘をいただきたい)。なお、ビースタは説明責任と応答責任について独自に整理しているが、僕の説明はあくまでも一般的な(と僕が思っている)説明である。 【教育は極めて公共性が高いため、教育者はステークホルダーへ「きちんと教育を行っているか」を開示する責任がある。これを説明責任(アカウンタビリティ)という。そのために、教育成果の可視化や学校評価が行われる。 その一方で、応答責任(レスポンサビリティ)は人間が根源的に負っている責任である。「おはよう」と言われれば「おはよう」と返す責任があるし、「これってどういうことですか」と言われたら、説明をしてあげるなり、「今忙しいからちょっと待って」と言うなり、何らかの返答を行う責任がある。その意味で、応答責任は道徳的である。 また、「おはよう」と言われたら「おはよう」と言ってきた人に対して返事をしなければならず、別の人に「おはよう」と言うのでは応答責任を果たしたことにならない。その意味で、応答責任は「自己」と「他者」を交換できるものではない。すなわち、応答責任は、「自己」と「特定の他者」との二者間の関係性でしか生じ得ないものである。 これを踏まえ、現在の教育を顧みると、「学習成果の可視化」などの説明責任が強調されすぎている。海外ではバウチャー制度などの学校選択制のために、学校(役務提供者)はその評価によってランキング化され、教育を受ける側(消費者)の意思決定に役立てられる。 そうした説明責任ばかりが重視される中では、キャンベルの法則(評価が重視されればされるほど、腐敗の圧力が働く)の通り、成績の悪い生徒をテストの時だけ休ませたり、子どもの限界を超えた詰め込み教育に代表される「テストのための教育」に陥り、教育の目的が何か、何のために教育をしているのかが忘れ去られてしまう。 教育者は、説明責任を果たそうとするばかりに、児童生徒に対する応答責任を果たせていない。】 文科省が「成果の可視化」を叫んでいる日本の大学教育にも通ずるものが大いにあります。 「特色ある教育」という正当化の下で競争原理が導入され、「世間の評価が高い大学へ何人進学させられたか」ばかりに教師の目がいっている日本の高校教育にも通ずるものが大いにあります。 ビースタの言う「説明責任」と「応答責任」がどんなものかは、ご自身の目で確かめてください。 本書が正当な評価を得られますように。
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私はビースタは『よい教育研究とは何か』から入ったが、それについて話し合う過程で読んだ方がよいと勧められた文献が本書である。教育の3目的の詳しい説明があり、理解が補われた。一方で新しい概念、中断の言語学、応答責任、包摂も導入されており、一読はしたものの、理解は半ば、いやいやほとんど...
私はビースタは『よい教育研究とは何か』から入ったが、それについて話し合う過程で読んだ方がよいと勧められた文献が本書である。教育の3目的の詳しい説明があり、理解が補われた。一方で新しい概念、中断の言語学、応答責任、包摂も導入されており、一読はしたものの、理解は半ば、いやいやほとんどできていない。この本は一回読んで終わりではなく、今後何度か参照して噛み砕いてわかるものだと思うので近くに置いておきたい。そしてこの読書会をどこかでやってほしい。
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『教えることの再発見』と同じ印象で、まあ「よい教育とはなにか」という問題に直接取り組んでるというよりそういう話題をとっかかりにしてビースタの思想を開陳している印象。でもコメントできるようにはしておかないと。民主主義本にも目を通しておいたほうがよさそう。
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