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愛知の部落史
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 解放出版社 |
発売年月日 | 2015/07/13 |
JAN | 9784759242249 |
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愛知の部落史
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・私は部落のことをほとんど知らない。身近にさういふ類の集落がなく、さういふ地区出身者もゐなかつたのだと思ふが、成人してからでも、そのやうな話をほとんどきいたことがなかつた。だから、私がまともに所謂部落のことを考へたのは、たぶん、1度だけしかない。ある時、何気なく、集落の意味で部落と言つた。それを聞きとがめた方が、部落と言つてはいけない、被差別部落とまちがへられる、集落と言ひなさいと言つてくれた。その時、東三河でもかういふ問題は あるのだと認識し、これ以後「部落」は使はずに集落と言つたり書いたりしてきた。実は、こちらにも部落があるときいたことはあつた。具体的にはつきりしなかつたので、私には現実的な問題とは思へなかつた。要するに、私は所謂部落に関して無知なのである。だからこそNPO法人愛知部落解放・人権研究所編「愛知の部落史」(解放出版社)を読まうと思つた。そして、愛知県でも東三河、いや三河の部落問題に関する研究は少ないと知つた。編集後記には、「今回は三河地域の研究にも精力的に取り組みました。」(244頁)とか、「三河地域山間部の部落についての研究はいままで皆無に近かった云々」(245頁)とある。本書では飯田に続く中馬街道も採り上げられてゐる。主要街道であればこそ馬の問題も多くあつたはずで、そこに奥三河から南信の部落問題があつた。これも含めて、私の無知は無知でしかないにしても、三河の部落問題に関しては、私が知りたくても当事者以外からはほとんど知ることができない状況にあつたといふことである。やはりさうであつたかと思ふのもまた無知の為せる業かもしれないが、現実問題として、所謂部落とはさういふ存在なのであらうと確認した次第でもあつた。 ・本書は、近世以前は地区別に書かれてゐる。最初に尾張の街道整備について書かれてゐる。街道整備、そして街道そのものは部落の成立、存続と切り離せない。宿場や街道の汚物処理を部落の人々が行つたからである。例へば斃牛馬の処理は街道と切り離せない。人馬が多く行き交へば行き交ふほど斃死馬も増える。 もちろん斃死者もである。これらは放置しておけない。そこで部落民の登場である。本書に斃死者や斃牛馬の処理の類の語が何回出てくるか、たぶんどの章にも 1度は出てくるのではないか。頻出である。そして、これは本書のキーワードである。「耕すべき耕地をほとんど持っていなかった部落の人たちにとって、斃牛馬を処理して皮革や皮革製品、細工物、草履などを生産したり」(40頁)、周辺の町の掃除や斃死者の処理は生きていくためには必要だつたといふ。これは尾張の津島近辺の記述だが、以下、尾張から三河に続く。どこでも事情は同じ、山奥の中馬街道でも、「斃馬は、村の馬捨て場に捨てられ、それを『番非人(番 太)』が『えた(長吏)』手下に連絡し、その場で解体処理され、皮革製品にされ」(118頁)たといふ。このやうな仕事は汚れ仕事である。今で言ふ3Kで あらうか。それが穢多になるのは、古くから何らかの事情で特定地区に住まされた等の差別的な理由(例へば38頁「乞食村」)がある。それさへなければ、そ の地区にはなくてはならない、人の嫌がる仕事をしてゐたのが部落の人々であつたから、むしろ感謝さるべきであつたらう。しかも、明治以前の生活は決して貧 しくはなかつた。現在に続く問題は近代の神仏分離に始まり、部落解放につながる。そのためのキーワードが「先人が築いてきた文化に誇りを持つこと」(20 頁)である。これも繰り返される。そんなわけで、部落の歴史にある程度納得できたと同時に、改めて己が無知を確認した次第。
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