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遊びの社会学
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遊びの社会学

井上俊(著者)

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遊びの社会学

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 世界思想社
発売年月日 1977/04/30
JAN 9784790701637

遊びの社会学

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2014/11/04
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Posted by ブクログ

2013/02/02

「オカルティズムが軽やかに楽しまれる文化的消費財として広く流通しうるのは、私達が暗黙のうちに科学の権威を認め信じているからだ。たとえば、星占いの好きな若者たちも、決してそれに支配されているわけではない。占いからシリアスで苛酷な要素をぬきさるには科学の力が必要である。科学や合理主義...

「オカルティズムが軽やかに楽しまれる文化的消費財として広く流通しうるのは、私達が暗黙のうちに科学の権威を認め信じているからだ。たとえば、星占いの好きな若者たちも、決してそれに支配されているわけではない。占いからシリアスで苛酷な要素をぬきさるには科学の力が必要である。科学や合理主義への信頼なしに占いを「遊ぶ」ことはできない」 「遊び」とか「遊戯」という概念が最近ずっと面白いなと思っている。遊びに関しては様々な定義(どこまで含めるのかとか)があるわけだけど、こと宗教においての「遊び」というのはこの引用の考え方がわりかし自分の考えと近い。「遊び」というのはつまるところ箱庭の中で許された自由であり、言い換えれば箱庭を乗り越えない美学なのだ。 そこにある哲学は、「世界にはなんら影響を及ぼさない、だからおまえも私達に対して介入してくるな」とでも表現できるだろう。そして、それは再び村社会化(最近の言葉でいえばムラムラ)する現代社会の反映であり、個人主義の反省からくる村社会化の倫理学なのだと思う。

Posted by ブクログ

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