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抑圧された記憶の神話 偽りの性的虐待の記憶をめぐって
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 誠信書房 |
発売年月日 | 2000/06/05 |
JAN | 9784414302905 |
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抑圧された記憶の神話
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面白いつまらない以前に、この本が書かれてよかったなあ、と思う本がまれにある。その一冊。 大人になってから、幼少時の虐待(多くは親に受けた性的虐待)の記憶を突然思い出し、相手を訴えるという例が主にアメリカで頻発している、というのはずっと前にどこかで聞いて、びっくりしたものだ。被害...
面白いつまらない以前に、この本が書かれてよかったなあ、と思う本がまれにある。その一冊。 大人になってから、幼少時の虐待(多くは親に受けた性的虐待)の記憶を突然思い出し、相手を訴えるという例が主にアメリカで頻発している、というのはずっと前にどこかで聞いて、びっくりしたものだ。被害を忘れている、なんてことがあり得るのだろうか。証拠はあるんだろうか? それからまたずいぶんして、そういう事例はカウンセリングや催眠術などで誘導された「偽りの記憶」が多いと思われる、という話を聞いて、またびっくり。訴えられた方はたまらないだろうな。 原著は1994年の出版。日本語版は2000年。本書とロフタスの活動が「偽りの記憶」の震源地なのだろう。たとすれば、その功績は大きい。 本書で紹介される事例は恐ろしい。普通に仲良く暮らしていた家族。ある日子どもがカウンセリングにかかったのをきっかけに、親に虐待されていた記憶を突然「思い出し」、親を告訴する。親は当然そんなことはしていない、と主張するが、「していない」証明は悪魔の証明で、不可能だ。子どもは「思い出した」記憶を信じている。数十年前ではアリバイも証明できない。刑事や検事に誘導されて、子どもを虐待した記憶を突然「思い出す」親さえいる。 洗脳とはこういうことか。 ただ著者は、これらの記憶が偽りである、と断言することを慎重に避けている。研究者として、誘導や暗示によって被験者に偽りの記憶を刷り込むのは難しくない、と主張するばかりだ。実際にそういう実験を繰り返し、簡単に成功している。「錯覚の科学」にもあったが、人間の認知や記憶は想像以上にいい加減なものらしい。 やってもいない罪状で捕まって、それまでの生活のすべてを失うことは、世の中で暮らしていて一番恐ろしいことの一つだ。 警察官や検察官、弁護士など、人を捕まえたり裁いたりするのが仕事のひとたちが、本書を読むか、読まなくてもいいから、証言者は間違うこともあるのだ、ということを理解して欲しいと思う。 一方、証言を重視しなければ物証のない犯罪は証明できず、犯人はまんまと逃げてしまうかもしれない。野放しの犯人は犯罪を繰り返し、新たな被害者を生む可能性がある。 冤罪と、事件未解決のどちらのリスクを犯すべきか。これは難しい問題だが、一般には結論が出ている。 推定無罪。
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カウンセラーによって、存在しなかった記憶が生成され、それがあたかも事実であるという認識をして、家族が崩壊する事例についての本です。 カウンセラーにかかることで、無いはずの記憶が生成される理屈や過程が興味深かったです。 読んでて、これは宗教が問題になっているんじゃないかなとは思いま...
カウンセラーによって、存在しなかった記憶が生成され、それがあたかも事実であるという認識をして、家族が崩壊する事例についての本です。 カウンセラーにかかることで、無いはずの記憶が生成される理屈や過程が興味深かったです。 読んでて、これは宗教が問題になっているんじゃないかなとは思いました。 悪魔儀式や神の声といった、キリスト教的な悪事や啓示などがあることが、結果的に悪い方向に進んで居る感じですね。 あとがきにもありましたが、日本ではなかなか発生しにくいことだとは思います。 宗教観がそもそも違いますからね。 ただ、事例にもあったし、あとがきにもありましたが、取調室でヤッても居ないことを自白するという例は幾つかありそうです。 元々、J.ケッチャムと間違えて借りてきたわけですが、興味深いことが多く面白かったです。
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「あなたはショッピングセンターで迷子になったことがある」と言われて、その通りだと即座に答える人は稀だろう。 もちろん、実際にその記憶があるのなら話は別。 しかし、その記憶がないのに、まるで実際にあったかのように思い込ませることは可能なのである。 自分が信頼する人や権威のある人から...
「あなたはショッピングセンターで迷子になったことがある」と言われて、その通りだと即座に答える人は稀だろう。 もちろん、実際にその記憶があるのなら話は別。 しかし、その記憶がないのに、まるで実際にあったかのように思い込ませることは可能なのである。 自分が信頼する人や権威のある人からの暗示と誘導があるだけで、人は記憶を作ってしまう。記憶は事実そのものではなく、事実と空想が入り混じった書き換え可能なものである。 本書では、この記憶のメカニズムをもとに、偽りの性的虐待の記憶が形成され、家庭が崩壊していく事例が紹介されている。 精神的な悩みをもつクライアントがカウンセラーに打ち明け、カウンセラーはその原因が幼いころの性的虐待が原因であると示唆する。当然、クライアントはそのような事実は無かったと考える。しかし、強烈なトラウマを体験するとその記憶を無意識化に追いやるという「抑圧」のために、性的虐待の記憶が思い出せないとカウンセラーは考える。クライアントの「抑圧された記憶」を掘り起こすために、カウンセラーは様々な「治療」を行う。年齢退行、催眠、身体記憶の解釈、夢分析、絵画療法、怒りと嘆きの作業、グループ療法など… 自分を信頼してくれるカウンセラーや治療仲間との関わりを通じて、しだいに自分がかつて性的虐待を受けたと確信するようになる。ここで、両親から虐待された記憶を思い出した子、見に覚えのないことで子に摘発される両親の、2つの悲劇が生じてしまう。 かといって、カウンセリングーが諸悪の根源として単純化することはできない。それに、本当に性的虐待があった人を考えると、偽りの記憶と断定することもできない。 そもそもフロイトの定義する「抑圧」が誤った解釈のもとでカウンセリングに利用されること、性的虐待がフェミニズムのイデオロギー的な側面が強いこと、全てのカウンセラーが悪意があるわけではないことなど、色々複雑な事情がある。 いちばん問題なのは、癒やしを目的とするカウンセリングが裁判で利用されてしまうこと。自分の苦しみの原因が本当であれ空想であれ、他者にそれを理解し共感してもらうことがカウンセリングの目的。事実と空想が入り乱れた人の訴えは、事実のみを追求される裁判で用いられるべきではないのである。 自分の尊敬する人が読んでいるらしいので、読んだけれど、心理学なんて門外漢だし、分厚いし高いので今まで敬遠してた。 けれど、最終章以外はエピソードがメインのノンフィクション形式で読みやすい。 こういう本こそ文庫化すべき。
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