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親鸞 完結篇(上)
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2014/11/01 |
| JAN | 9784062910095 |

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親鸞 完結篇(上)
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商品レビュー
3.4
14件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ようやく「完結篇」までたどり着いた。 東国を離れた親鸞は、京へ戻り、既に10年ほどの時が経っている。ということで、もう古稀。新しく登場した人たちもいるが、全体的に年齢が皆上がっている。またこれまで出てきた人々のうち、何人かはすでに故人となっている。 京では、かつて人に託した長男とその妻子、東国から追ってきた弟子、唯円と暮らしている。近所には末娘がいて、病気の夫を看病しながら、子ども二人を育て、何かにつけ親鸞の様子を見にくる。 親鸞自身には取り立てて大きな動きはない。どちらかというと、周りの人々達で物語は進行していく。その多くは新たな登場人物だが、これまで出てきた人たちとの繋がりもあり、これまで4冊読んできた甲斐があったというもの。今のところ、そこまで大きな事件はないが、これまで同様、エンタメ的というか何か大きな出来事が起きる予感。特に「竜夫人」という女性の出方が気になるところ。もう、誰か大体わかっちゃいるんだけど。 それにしても、途中さらに10年ほど月日が流れ、親鸞、すでに80歳だと。調べればわかることだけど、一体何歳まで⁇
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(2014/12/10) 五木親鸞の完結編。 関東に旅立った息子善鸞は独り立ちできるのか。 専修念仏を排除しようとする覚蓮坊(かくれんぼう)の野望に対し、 竜夫人、親鸞はどう戦うか! なんてあたりがどきどきはらはらさせられた上下二巻。 あっという間によむことができた。 でもね。...
(2014/12/10) 五木親鸞の完結編。 関東に旅立った息子善鸞は独り立ちできるのか。 専修念仏を排除しようとする覚蓮坊(かくれんぼう)の野望に対し、 竜夫人、親鸞はどう戦うか! なんてあたりがどきどきはらはらさせられた上下二巻。 あっという間によむことができた。 でもね。 はらはらさせられたわりには、落ち着きどころはなーんだって感じ。 盛り上げたんだったら最後は花火を打ち上げてほしかった。 前4冊から間が空いて、過去のエピソードを忘れてしまったのも残念。 いまさら振り返れない。 膨大な資料の上の小説ではあろうが、これが親鸞そのものであったかは誰も知まい。 ただ、親鸞が悩んだとされていることは私でもうっすら思いあたることがあった。 念仏を唱えていれば何をしても浄土に行ける、と考える不届きものをどう考えるか。 親鸞の教えを受けた者同士がいがみ合う実態をどうとらえるか。 これらはそもそも「教え」の限界を伺わせるものである。 その意味では法然の「念仏だけを唱えていればいい」という教え自身が破たんしているのだ。 親鸞は修行を重ね、真の道を探してもがき苦しんでいたところに法然の教えに出会い、 これを理解することが出来た。自分のものにすることが出来た。 しかし世の中の大半の人はもっと浅い所に生きている。 そういう人に「念仏を唱えていればよい」といった時点で解釈が生まれる。 都合よくとらえるものもいる。 そのまま受け取って、念仏だけ唱える者もいる。 前者は論外だが、後者も真の道ではあるまい。 やはり自分で考えてたどり着かねばいかんのだ。何事も。 人の教えはあくまで気付きを得る手段であるべきもの。 宗教はその時点で破たんしているとさえ思う。 戒律が厳しい宗教などナンセンス。 その点この小説の最後に、親鸞は「他の神仏を否定しない」ということを言っている。 地場で昔から行きづく伝説、言い伝えまで否定する教えには無理があるのだ。 善鸞はそこに首を突っ込み総すかんをくらった。 今も多くの宗教がそういう状態になっていよう。 他の考えの存在を許しながら、認めながら、自分の考えを固める。場合によっては軌道修正する。 強くもあり、弱くもある。しなやかであるともいえる。柔軟でありながら固い。 そんな考えにたてれば、生きていくのも少しは楽になるのではないか。 そんなことを考えさせられた。
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登場人物みんなが歳をとっていく完結編。 それでも、悪いことを企む奴は企み続け、迷う人は迷い続ける。 次でついに最終回。 それぞれの人はどう死んでいくのか。 極楽往生に行けたのかはわからないけど、みんなの最期を見届けます。
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