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道元入門 角川ソフィア文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 角川学芸出版/角川グループパブリッシング |
| 発売年月日 | 2012/11/22 |
| JAN | 9784044089061 |
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道元入門
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商品レビュー
3.5
3件のお客様レビュー
仏教の真髄を探求する道元の生涯とその思想を描いた本書は、道元禅師の教えを精確に伝えることを目指しています。道元は、13歳で仏門に入り、厳しい修行を経て「只管打坐」に至る過程を通じて、坐禅の重要性を説きます。坐禅は、自己の欲求を断ち切り、純粋な仏法の実践へと導くものであり、日常生活の中での繰り返しが修行であると強調されています。また、道元の思想は現代社会にも深く関連しており、仏教的なあり方を実現することが仏教者の使命であるとされています。多くの人々が抱える世俗的な欲求や肩書から解放され、坐禅を通じて自己を見つめ直すことの大切さを教えてくれる一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
先に読んだ「坐禅ひとすじ」では平明な文章でしたが、曹洞宗の開祖・道元禅師についてはなるべく簡潔を心がけながらも高尚な説明となった一冊となったのは、これも道元禅師の教えをなるべく精確に伝えようとする思いの発露と思います。 これを読んだからには、「正法眼蔵」や「随聞記」に至らないわけ...
先に読んだ「坐禅ひとすじ」では平明な文章でしたが、曹洞宗の開祖・道元禅師についてはなるべく簡潔を心がけながらも高尚な説明となった一冊となったのは、これも道元禅師の教えをなるべく精確に伝えようとする思いの発露と思います。 これを読んだからには、「正法眼蔵」や「随聞記」に至らないわけにはいきません。
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第1章:道元の生涯を描く。 第2章:道元の思想の一端を紹介。 第3章:現代の社会と道元の思想との関わりについて。
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P118 坐禅をするのは、仏の修行された道 だからするのである。 仏道修行というのは、仏のまねをすることである。 自分のかなう程度まねをすることである。 (沢木興道) P118 功徳を求めて仏祖は坐禅をしたのではない。 その効用を知っても、それを目的としてはいけない。 坐禅に...
P118 坐禅をするのは、仏の修行された道 だからするのである。 仏道修行というのは、仏のまねをすることである。 自分のかなう程度まねをすることである。 (沢木興道) P118 功徳を求めて仏祖は坐禅をしたのではない。 その効用を知っても、それを目的としてはいけない。 坐禅においては、いかなる人間的欲求も、 まず断ち切る必要がある。 健康になりたい、病気を治したい、 度胸をつけたい、何か特別の心境になりたい、 他人より偉くなりたい、特別な能力を身につけて 他人の関心をよびたい等など、 人間的な欲求や希望は仏道を異質なものに してしまう。 仏法は他に認められるために 行ずるのではないが、とはいえ 自分のためにするのかというと そうでもない。 仏法は自他を超えるのである。 道元はいう 「ただ仏法のために仏法を修するのだ」 P123 人間世界には肩書がある。 しかし、仏法の世界には肩書がない。 いや人間世界の肩書は、 仏法の世界は役に立たないのである。 (本来無一物) 世俗の中に、仏教的なあり方を 実現すべく努力するのが、仏教者の使命である。 P127 あらゆる存在は、それぞれに異なった 様相を表しながらすべて等価値である。 人間が人間であることを あるがままに示す行、 坐禅とはそのようなものである。 そこに、所有や対立や競争を持ち込んでは ならないのである。 欲求や思惑や目的を持ち込んでは いけないのである。 立場や地位や名誉や財産等は 俗世間でのこと、 坐禅はただ坐禅である。 そこに確実な自己の坐りがある。 P176 修行ということのもともとの意味は 「反復すること」「繰り返すこと」である。 同じことを繰り返すのである。 毎日毎日、同じことを繰り返して生きる。 これが修行であり、人生である。 食べる、排泄する、働く、寝る、その繰り返しである。 生命の営みは、食べて、活動して、排泄して、寝る、 それぞれの中に喜びを感じ、それに飽きることが ないようにできている。 その繰り返しこそ、実は安楽なのである。 そのことに気づいて、そのような生活に感謝しながら、 それぞれのことを真剣に行うのが、まさに仏道である。
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