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選択の自由 自立社会への挑戦
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 日本経済新聞出版社 |
| 発売年月日 | 2012/06/27 |
| JAN | 9784532355289 |
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選択の自由
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商品レビュー
4
3件のお客様レビュー
初めて読んだ経済学の本です。お金の動きについて書いてあるのかと思いきや哲学書のような本でした。 経済学の原点は人間であって、人間らしい心を持つことが大切なんだと教えられた気がしました。 この本の中で、教育バウチャーについて書かれていて、私は興味を持ちました。 分厚い500ペー...
初めて読んだ経済学の本です。お金の動きについて書いてあるのかと思いきや哲学書のような本でした。 経済学の原点は人間であって、人間らしい心を持つことが大切なんだと教えられた気がしました。 この本の中で、教育バウチャーについて書かれていて、私は興味を持ちました。 分厚い500ページ以上もある本だったので、読み終えた満足感でいっぱいです(笑)
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フリードマンの著書で、同名のTV番組の内容を下敷きに書かれたもの。「資本主義と自由」の18年後に出版された。 フリードマンの考え方で魅力的なのは、中央集権的な意思決定と、オーソリティ(権力)による富の分配に対して徹底して懐疑的な姿勢であることだ。 本書の第10章では、特殊利益が...
フリードマンの著書で、同名のTV番組の内容を下敷きに書かれたもの。「資本主義と自由」の18年後に出版された。 フリードマンの考え方で魅力的なのは、中央集権的な意思決定と、オーソリティ(権力)による富の分配に対して徹底して懐疑的な姿勢であることだ。 本書の第10章では、特殊利益が一般利益に対して優先されてしまうメカニズムについて具体例を交えながら論じている。個人的に本書で圧巻の部分だと思う。 ・特殊利益を求める声は大きくロビイングや政治献金に熱心。それに対して、そのコストは納税者に薄く広く負担されているため有権者の関心が薄く、議員が特殊利益への富の誘導に反対したとしても得票につながらない。 ・政府が多様な目的を持つようになると、その目的同士が衝突する。それを調整するためには官僚への権限委譲と官僚組織の肥大化が不可避である。 ・国による干渉は良い効果はすぐに出る一方で、悪い効果は遅れて徐々に出てくる。結果として多くの人々は政府の干渉に不当に良い評価をしてしまう。
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これは経済書ととらえるより、哲学書として読み進めたほうがいい。 経済書と考えると、この本の数々の論考を実際の経済活動に照らして「採点」するような読み方に陥ってしまう。でも哲学書と考えれば、正解を求めること自体が正解でないという哲学的思想で落ち着いていられる。 そもそも流動的な経...
これは経済書ととらえるより、哲学書として読み進めたほうがいい。 経済書と考えると、この本の数々の論考を実際の経済活動に照らして「採点」するような読み方に陥ってしまう。でも哲学書と考えれば、正解を求めること自体が正解でないという哲学的思想で落ち着いていられる。 そもそも流動的な経済活動を本書だけで点的に批評するのなんか本当に意味ない。また、レビューの多くで学者然とした批評が多く見られるけども、山中伸弥教授に対して一読者が医学面から切り込んでレビューを書くというのを考えたら、その意味のなさがわかると思う。 研究ではなく読書を目的とする私がまず始めたのは、この本の論拠の原典となっているA・スミス「諸国民の富」と、T・ジェファーソン「アメリカ独立宣言」の掲げる理想について、改めて熟考することだ。いわばこの2つはこの本の“幹”に当たる。(新物好きにはその点が不満なのかもしれないけど。) ここで断っておきたいのは、フリードマンもいたずらに数世紀前の論拠を現代に持ち出して過去に帰れと言っているのではないということだ。著者は現在人が現実の経済活動における“常識”や“固定観念”に囚われて本筋を見失っているのでは?という考えから、あえて古典を掲げてみているというふうに私は読んだ。古典に復せよ、ではなく古典を読み直せということだ。 そうすると、経済が「個々の人間の自発的な活動」によって利益が最大化され、「機会の平等」が富の再配分において最適化をもたらすという基本に行き当たるはず。 そしてさらに、その基本を古臭いものとして投げ捨てんがごとくに、現実社会はその基本から大きく軌道が外れていっているのでは?という視点にも行き当たる。 著者は2つの古典における基本を示して、返す刀で、個人の自由な経済活動を調整する役であるはずの「政府の関与」が過分な存在感を示していることや、能力発揮のための平等性の保障という考えが拡大解釈されて「結果の平等」の要求圧力となっていることを描いていく。 聞こえが良くて一見のところ誰もが正しいのでは?と信じ込んでしまう「公共部門の強化」や「結果の平等の保障」が、過度な信仰や妄信により弊害が極大化しているのではないかという描き方は、理想高く“良かれ”と思って新たな経済学説をもとに政策提言してきた多くの者にとっては、全くもって耳の痛い話だ。 ただし、この分厚い本はそれだけで終わらない。 著者は「福祉」「平等」「学校教育」「消費者保護」「労働者保護」「インフレ」「特殊権益」と事象ごとに章を設けて個別具体的に論考している。 私はそこに、著者の経済学者としての正統な論考としてではなく、あえて既成の考えに固執する頑固者にケンカをふっかけて楽しむかのような姿勢を感じた。 そう、まるで大山倍達が既存の空手に飽き足らずに世界の武道家に対戦を挑んだエピソードのような強気の姿勢。つまり空手家としてはそういう戦い方は邪道かもしれないけど、それはそれでリスペクトできる内容だ。 そういう既成の学界の枠内におさまらない態度と、日和見でない自説への徹底したこだわりという強い意志が見られただけでも、私はフリードマンに好感をもった。
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