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科学と人間の不協和音 角川oneテーマ21
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 角川書店/角川グループパブリッシング |
発売年月日 | 2012/01/10 |
JAN | 9784041101117 |
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科学と人間の不協和音
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商品レビュー
3.6
16件のお客様レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
科学と人間の不協和音 著者 池内 了 2012年1月10日 発行 角川書店 同じ著者の本「科学の限界」(ちくま新書)は2012年11月10日発行、この本は2012年1月10日発行。内容的に重なる部分もある。 理性の時代である19世紀は、科学者がサイエンテイストと呼ばれ、公的資金(基本的には税金)によって雇用されるようになって、科学者の顔は市民に向かっていった。20世紀に入って科学と技術が密接に結びつくようになると、社会における科学者の役割も変化。まず戦争の時代となって、科学者は愛国者になることを迫られた。二つの戦争の時代が終わると、今度は市場主義が幅を利かせることになった。今日のそんな状況下で、科学は、科学者はいかにあるべきかについて考える本。結論は「文化のための科学」の復権だと主張する。 以下、印象に残ったこと。 電子レンジは、第二次世界大戦のときに敵機の姿を捕捉するためのレーダー開発の際、技術者のポケットに入れておいたチョコレートがレーダーの発するマイクロ波で加熱されてグニャグニャになっていたことが研究の発端らしい。 軍事研究の産物。ナイロン、ソナー、レーダー、電子レンジ、コンピューター、インターネット、ロケット、ディーゼルエンジン、原発、スプレー(南方での虫除け)、冷凍食品(戦場での食糧調達)、ボールペン(移動中でも書ける)など。 アメリカではID説「インテリジエン卜・デザイン(ID)説」が強力で、神が進化の仕方をデザインしたと考え、ダーウィンの進化論を信じない人の割合は現在でも50パーセントを超えている。 遺伝子改変の農産物に関する安全線の根拠。新たに組み入れた遺伝子が作り出す物質が通常の作物と同様に(人工胃液の実験で)分解されることから、実質的に同じと判断して安全とされる。 東日本大震災においてトリアージが行われた。一気に多数の患者が病院に運び込まれたが、患者を診て、確実な死が間近である者や、手の施しようがなく治療対象ではない者には黒のリボンを付け、治療行為をしなかったのである。 「世界初」は麻薬と似ていて、一回でも味わうと止められなくなる。マンハッタン計画の場合、世界最初の核分裂反応の連鎖反応を実現するとあれば、それがいかなる厄災を及ぼすかについていっさい考えず、ひたすら成功に向けて努力した。「世界初」は止められないのだ。科学者は鍵が無くなった箱を開けようとする錠前屋に似ている。錠前屋は、鍵を開けることに挑戦し始めると、その箱から何が飛び出すか気にせず、ただひたすら箱を開けることのみに熱中する。そこから怪物や悪疫が飛び出して来ても、「最後には希望が残っている」と言い、「私がやらなくても、いずれ誰かがやるのだから」と居直る。 アカデミック・キャピタリズムが進行。日本でも、国立大学の法人化前後に特許の取得と一体化して大学の起業が行われ、1000社を超えるベンチャー企業が。5年以上経過したが、成功例は少ない。経営には素人の大学教員が商業化に手を出すのが間違いであったと言えそうである。 (大阪府や大阪市の莫大な借金は、役人が素人のくせしてビジネスマンごっこをし、大型開発をした結果。公共の土地は二束三文で巻き上げられ、おまけに借金まで支払わされていることを読んでいて彷彿とした)
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タイトル通り科学者のイメージや思いに対する不協和音が、いろいろな視点で語られている。 科学というものが、皆の中で印象によって素晴らしくもあり、不確実なものとも捉えられてしまうのは仕方ないのかな。しかし、少しは中身を理解する意識がないと、結局自分が損をする気がした
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日本における「科学技術」という概念の分析が興味深い。基礎科学の理学部と技術開発の工学部の比率はおおよそ1対8が維持され、「科学技術」というのはもっぱら技術の推進を意味し、科学はその補完物とみなされてきたという。技術を科学の僕とみなすヨーロッパ、その反対の日本という指摘も重要。
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