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フェルメールとスピノザ 「永遠」の公式
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 以文社 |
発売年月日 | 2011/12/16 |
JAN | 9784753102969 |
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フェルメールとスピノザ
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3.4
6件のお客様レビュー
この本はオランダの画家フェルメールと哲学者スピノザの驚くべき関係に迫った作品です。 この本を読んで驚いたことに、なんとフェルメールとスピノザは1632年という同じ年にオランダに生まれていたのでした。 しかもスピノザは哲学者でありながらレンズ磨きで収入を得ていたと事実も語られて...
この本はオランダの画家フェルメールと哲学者スピノザの驚くべき関係に迫った作品です。 この本を読んで驚いたことに、なんとフェルメールとスピノザは1632年という同じ年にオランダに生まれていたのでした。 しかもスピノザは哲学者でありながらレンズ磨きで収入を得ていたと事実も語られていました。レンズ磨きといえば顕微鏡で有名なオランダのレーウェンフックが有名です。 つまりフェルメール、レーウェンフック、スピノザという同い年トリオは「レンズ」という同じ道具を通して繋がっているのです。
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観念(もの、肉体に属するコナトゥスも観念だ)に永遠を表したスピノザに対応し、フェルメールの視覚表現は、見るという、観念を接続しない肉体の機能をもって永遠を顕現させるというような内容。 生まれた年が同じとか、フェルメールはスピノザの絵を描いていたとか、そういった同時性は特別この対...
観念(もの、肉体に属するコナトゥスも観念だ)に永遠を表したスピノザに対応し、フェルメールの視覚表現は、見るという、観念を接続しない肉体の機能をもって永遠を顕現させるというような内容。 生まれた年が同じとか、フェルメールはスピノザの絵を描いていたとか、そういった同時性は特別この対応関係を深めたり、根拠づけたりはもちろんせず、むしろスピノザの神の観念を用いればいろんな事象が永遠の相のもとに説明されうるように見える。 レンズ磨きとフェルメールの暗室のつながりのエピソードなど累進していく、重層的な語り口が楽しい。
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なんやかや書いてあるが、 「われわれの立場はむしろベルクソン的なフィクションの自由によるもので、一見ありえなさそうなことが、確かなことよりもずっと創造的な空間を開くという確信に基づく。」 というのに要約されている。 その通り、ここに関係があったのかなかったのか、究極にはわからない...
なんやかや書いてあるが、 「われわれの立場はむしろベルクソン的なフィクションの自由によるもので、一見ありえなさそうなことが、確かなことよりもずっと創造的な空間を開くという確信に基づく。」 というのに要約されている。 その通り、ここに関係があったのかなかったのか、究極にはわからないけども、関係があったとみたほうが、世界は豊かになる 正確な歴史を知りたい、というのは、そもそも矛盾だ。 正確であろうとすると、歴史は存在し得ない。 では、何を基準にするか、というと、記録があるかないか、でしかない。 果たして世界のどれほどが記録されているのだろう? 記録されてないからといって、それは今の歴史学の方法にあわない、というだけで、解釈の可能性をなくすのは、そんな退屈な歴史がちなみに何の役に立つというのだ? 実証的な歴史という怪しさにこもるだけでなく、実証的な歴史は残しておくにしても、それだけでない歴史があっていい。
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