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情報社会のいま あたらしい智民たちへ
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | NTT出版 |
発売年月日 | 2011/05/12 |
JAN | 9784757103122 |
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情報社会のいま
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商品レビュー
4
7件のお客様レビュー
ネットが人類に及ぼす影響 S字カーブの解説のくだりは市場の成長と捉えるとマーケティングに活用できる。
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産業革命の次にくるのが、情報革命であって、それを契機に産業社会は情報社会に転換していくのではないか。つまりこれまでの産業化に代わってこれからは情報化が進展するのではないか。 主権国家が、これまでの傭兵制に代わる国民皆兵制や常備軍制を主体とする国軍化によって威のゲームを勝ち抜こう...
産業革命の次にくるのが、情報革命であって、それを契機に産業社会は情報社会に転換していくのではないか。つまりこれまでの産業化に代わってこれからは情報化が進展するのではないか。 主権国家が、これまでの傭兵制に代わる国民皆兵制や常備軍制を主体とする国軍化によって威のゲームを勝ち抜こうとし、産業企業が手作業に代わる機械化による生産性の工場によって富のゲームの競争に優位を占めようとしたように、情報智業はソーシャル化を新しい手段として協働に支えられた智のゲームにおいて智者としての名声や評判を高めるように努める。 智のゲームのプレーヤー、智業はintelprise 情報社会の通識は、社会的コミュニケーション(ソーシャル)過程の中で、生まれ育って成長していく。 1990年代後半になると、前衛的な社会活動を行うサイバーアクティビストの台頭と、モバイル技術の発達と普及に伴って、スラックティビストやスマートモブズによる群集的な社会運動や政治運動に進化していく。 1995年をインターネット元年とみるならば、2000年はインターネット政治元年。 中国は、多極的世界を形作る極国家の1つとして米国、EU、インドのような極国家と対峙しつつ、時刻の影響の及ぶ権力内では周辺国に対して多くの義務や責任を進んで担ってくる可能性がある。 日本は極東におけるもう1つの極国家を目指すべきではない、と筆者は考えている。清国と薩摩のハザマを生きることを余儀なくされた琉球王国のようなのが今の日本。
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一見易しい本だが、社会の歴史を巨視的に捉えた、とてつもない奥行きを持つ議論。しばしば読み返すことになりそう。(以下、この本の要約ではなく、私の意見である) 気の早い人は「ポストモダン」と言うけれど、まだまだ近代化はピークを迎えたくらいであって、定着と呼ぶには早い。「ポストモダン...
一見易しい本だが、社会の歴史を巨視的に捉えた、とてつもない奥行きを持つ議論。しばしば読み返すことになりそう。(以下、この本の要約ではなく、私の意見である) 気の早い人は「ポストモダン」と言うけれど、まだまだ近代化はピークを迎えたくらいであって、定着と呼ぶには早い。「ポストモダン」ではなく「ラストモダン」と呼んだ方がいい。もちろん「ポストモダン」も始まりつつあるが、いま前景化している(観測される)のは「ラストモダン」のほうだ。 「富を得る能力が人の価値である」というような「富のゲーム」の価値観(文化)においては、ベーシックインカムの受給が「スティグマ」になってしまう。しかし人々の価値観が「智のゲーム」の価値観に変われば、ベーシックインカムを受け取ることのスティグマ性もなくなるだろう。 かつては「農業しか知らない親を馬鹿にしつつ大学に通ってサラリーマンになる若者」がいたが、いまや「親はサラリーマンだが農業に憧れる若者」がいる。成熟から定着のフェーズにかけて「衰退」する産業は、プレイヤー(競争)が少ない「金のなる木」でもある。そして従事者は規制で保護された特権階級になる。その特権はしばしば家督として相続される身分である。同じ事が市民(サラリーマン)と智民の関係についても言えるのではないだろうか。智民に憧れる若者が増え、サラリーマンになる若者が減る。これから数十年は「ダサい」と呼ばれるサラリーマンが、そのさらに数十年後には「カッコイイ」と呼ばれるかもしれない。みんながやりたがらない、しかし社会のなかで誰かがやらなければならないソレを、あえてやっている人になるからだ。いまの農業従事者がソレであり、数十年後(?)のソレがサラリーマンになるかもしれない。
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