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人生の奇跡 J・G・バラード自伝
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京創元社 |
| 発売年月日 | 2010/10/29 |
| JAN | 9784488015282 |
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人生の奇跡 J・G・バラード自伝
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商品レビュー
4.7
4件のお客様レビュー
亡くなる2年前の2007年に書かれた。上海時代のこと、戦争が終わってイギリスに初めて帰ったこと、ケンブリッジでの医学生で解剖をしたこと、ロンドン大学に移ったこと、小説を書き始めた事、妻との出会い、妻の死、子供たちのこと、新たなパートナーとの出会い、小説家仲間との交流などが時系列に...
亡くなる2年前の2007年に書かれた。上海時代のこと、戦争が終わってイギリスに初めて帰ったこと、ケンブリッジでの医学生で解剖をしたこと、ロンドン大学に移ったこと、小説を書き始めた事、妻との出会い、妻の死、子供たちのこと、新たなパートナーとの出会い、小説家仲間との交流などが時系列に書かれている。僕は思った、〇〇した、など率直な記述で、とても臨場感があり、一気に読んでしまった。 「旱魃世界」などの自然の驚異で崩壊したまち、というのは、やはり上海租界での生活や日本軍の捕虜収容所での生活そのもののようだ。上海で育ったことはバラードにとても影響している。戦争が終わった時、ある日日本兵がいなくなった、戦争が終わったのかはっきり知らされない、収容所を抜け出し租界に行ってみると、街はがれきの山、仲の良い友達の家は窓が開け放たれがらんどう、その変わり果てた街で友人のベッドに空虚にすわっていた、とある。 ただ、「運よく、広島と長崎に投下された原爆によって戦争は唐突に終結した。」「両親とそして収容所の生活した人みなと同様、わたしは長くアメリカの原爆投下を支持してきた」もっと戦争が長引いていたらより多くの犠牲者が出たにちがいない、という考えだった。記述にとても好感を持っただけに、ここだけが相いれなかった。 ただ、租界での生活、収容所での生活は食糧事情はわるかったにせよ、とても幸福な生活だった、とのべている。バラードの父は上海の綿花関連の工場長で中流家庭。両親は社交に忙しく、バラードは広い家で使用人はいたが心理的には1人だった、とある。7才年下の妹は年がはなれすぎて相手にならず、収容所で初めて両親との距離が近くなった、とあった。租界に逃れてくる貧しい中国人、日本軍にたやすく殺される中国人を目の当たりにし、そして戦争。混沌の上海租界がバラードの精神を形作ったことはまちがいない。 2010.1029初版 図書館
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『今では、わたしは水のないプールは未知なるもの、それまでの自分の人生にはなかった概念を象徴していたのだと考えている。三〇年代の上海には法外な夢想があふれていたが、見世物はすべて新しいホテルや空港、デパートやナイトクラブ、ドックレース場の新装開店を宣伝するためのものだった。未知のも...
『今では、わたしは水のないプールは未知なるもの、それまでの自分の人生にはなかった概念を象徴していたのだと考えている。三〇年代の上海には法外な夢想があふれていたが、見世物はすべて新しいホテルや空港、デパートやナイトクラブ、ドックレース場の新装開店を宣伝するためのものだった。未知のものなど何もなかった』―『日本の侵略』 バラードを積極的に読んで来た訳ではないけれど、バラードの嗜好が常に「閉ざされた世界」にあると感じていた。閉ざされた世界は「内面」というものの具象化でもあるけれど、決して自分以外の世界からの介入が無い訳ではない。自らの意思とは関係なく「閉ざされる世界」というものは存在する。その状況で「閉ざしたい」という気持ちが無意識に働く機会もある。しかしその葛藤に逆らって外界へ浸透していくその精神的な過程を何度も繰り返す内に、外と内は奇妙な融和を見せる。自伝的小説「太陽の帝国」で示された価値観とは、そんなものだったのかも知れないと思う。 ヴィトゲンシュタインの有名な言明に少々似てはいるが、バラードは差し詰め「言い尽くせぬことは極端に単純化されたものとして表現すればよい」と考えていたのではないか。受けとめる側は単純化された鋭利な言葉に驚き、いったい何が語られたのかと思考を巡らすだろう。それが本質的で、かつ、秘すべきことと認識されているようなことであれば尚更に。自伝の中で、バラード少年が周りとの距離を上手く取れない多動症的な子供であったと述懐しているのは、繰り返し言及されるような戦前の英国伝統の家族観に原因があるだけでなく、上海の西洋人世界という「閉ざされた世界」の虚構を見透かし、子供の倫理観で痛いところを突くことに諧謔的な面白さを覚えてしまったことが根本的な原因ではないかと訝しむ。自伝を読むと、例えば日本の子供たちが、戦前に使っていた教科書に墨を塗る作業をさせられて感じ取ったものと根源的に同じ価値観を、バラードは龍華収容所に入る前から身に付けていたように思えてならない。 『わたしは小説「太陽の帝国」で龍華収容所のことを描いた。いくらかは自伝的で、いくらからフィクションだが、多くの出来事はほぼ起こった通りに描写されている。ただし同時に、これは基本的に十代の少年の記憶に基づいた小説である』―『チェス、退屈、ある酒の疎外』 上海を忘れるのに二〇年掛かり、思い出すのに更に二〇年掛かったとバラードは言う。その時間のもたらす作用を経てバラードは漸く自らの幼年期の価値観に向かい合う。そこに郷愁と呼ぶものは既に存在しないかのように自伝では記されているが、単なる記憶に基づく小説と言い切るには「太陽の帝国」の主人公が他人を見る目付きは、作家バラードの描いてきた世界観と符合し、かつての上海がバラードの原風景であったことを確認することができる。但し極端なことを言いつつも閉じた世界の外側に対する関心は失わなかったように、少年の記憶が何故そのように構築されたのかをもう一人の少年の目線で語らせる余裕が四〇年後のバラードにはあったのだろう。それは何も自身の少年期の記憶に限ったことではあるまいと思うけれど、バラードは単純な、特に伝統的な価値観には容易に従うそぶりを見せないので、自伝の中でも善悪、好き嫌いについては妙に理屈ぽくなる。 『あのとき、わたしは子供たちこそが人生の奇跡だと思った』―『人生の奇跡』 それなのに、この一文だ。そしてそれが本の題名ともなる。バラードは「ジム」という少し少年が背負い始めた他者から見ればはぐれ者と見えるであろうペルソナを最後まで背負い続けていたに違いない。それでもその内面では人との繋がりをどこまでも希求することを諦めなかったのだと思える。またバラードの小説が幾つか読みたくなる貴重な一冊。
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幼少期の日本軍の侵略の様子が秀逸。高齢のイギリス人にもなぜ日本が嫌いな人がいたのかが理解できた。この幼少時代が著者の人生に斜陽の影を落としている感があるのは否めない。
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