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菜穂子・楡の家 新潮文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2013/06/01 |
| JAN | 9784101004051 |
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菜穂子・楡の家
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菜穂子・楡の家
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商品レビュー
3.1
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堀辰雄が、結核で死んだ恋人へのオマージュとして『風立ちぬ』を書いたのが、1937年。 『菜穂子』は、その四年後の1941年に発表されている。 母の恋に反発を感ずる娘が、ヒロインの菜穂子だ。 不幸な結婚をした菜穂子は体調を壊して信州で療養をするが、そこで再会するのが幼なじみの都築...
堀辰雄が、結核で死んだ恋人へのオマージュとして『風立ちぬ』を書いたのが、1937年。 『菜穂子』は、その四年後の1941年に発表されている。 母の恋に反発を感ずる娘が、ヒロインの菜穂子だ。 不幸な結婚をした菜穂子は体調を壊して信州で療養をするが、そこで再会するのが幼なじみの都築明だ。 その都築のモデルが、1939年に結核で死んだばかりの立原道造だった。 立原道造は、堀辰雄の高校(両国高校)の後輩。 同じ高校の先輩には芥川龍之介がいる。 芥川は後輩の堀を可愛がり、堀は後輩の立原を可愛がった。 この同じ高校の三人の先輩後輩には、東京という都会の雰囲気が纏わりついている。 堀は一高(現在の東大教養学部)に進学するが、そこでは同級生に小林秀雄がいた。 立原道造は、24歳で結核で死んでいる。夭折だ。 堀辰雄も若死にしたイメージが付き纏うが、結核で亡くなった時、享年49歳。 49歳で亡くなったといえば、夏目漱石も同じだ。 漱石と堀辰雄が同じ歳で亡くなっているというのは、イメージとしてはなかなか肚落ちしない。 文学にとって、結核は、長らく重要なテーマだった。
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『風立ちぬ』に続いて堀辰雄。 『風立ちぬ』で二人が出会ったのは軽井沢ですが、『菜穂子』ではその隣村の信濃追分が舞台。 菜穂子が療養に行くのは『風立ちぬ』と同じく富士見高原病院のようです。 ジブリの『風立ちぬ』ではヒロインの名前が菜穂子。 『楡の家』第一部が1934年 『菜穂子...
『風立ちぬ』に続いて堀辰雄。 『風立ちぬ』で二人が出会ったのは軽井沢ですが、『菜穂子』ではその隣村の信濃追分が舞台。 菜穂子が療養に行くのは『風立ちぬ』と同じく富士見高原病院のようです。 ジブリの『風立ちぬ』ではヒロインの名前が菜穂子。 『楡の家』第一部が1934年 『菜穂子』が1941年 『楡の家』第二部が1941年 『ふるさとびと』が1943年 と長い間を経て書かれており、もっと大きい物語にする意図もあったようですが、全体的に未完の作品な感じがあります。 明、菜穂子、菜穂子の母、菜穂子の夫、およう、と人物が入れ替わりながら同じ出来事がそれぞれの視点から語られるという構成ですが、基本的には大きな事件が起こるわけでもなく、秋から冬にかけての寂しい別荘地や療養所でのそれぞれの孤独が綴られているといった印象でした。 おようが離縁された隣村のMホテル(『ふるさとびと』では蔦ホテル)って万平ホテルのことかな。最近また人気の出てきている軽井沢ですが、こちらもいつか行ってみたい。 以下、引用。 18 明には停車場から村までの途中の、昔と殆ど変わらない景色が何とも云えず寂しい気がした。それはそんな昔のままの景色に比べて彼だけがもう以前の自分ではなくなったような寂しい心もちにさせられたばかりでなく、その景色そのものも昔から寂しかったのだ。 51 しかし、彼はいま自分の心を充たしているものが、実は死の一歩手前の存在としての生の不安であるというような深い事情には思い到らなかった。 59 彼には、菜穂子のいまいる山の療養所がなんだか世の果てのようなところのように思えていた。自然の慰藉と云うものを全然理解すべくもなかった彼には、その療養所を四方から取囲んでいるすべての山も森も高原も単に菜穂子の孤独を深め、それを世間から遮蔽している障礙のような気がしたばかりだった。そんな自然の牢(ひとや)にも近いものの中に、菜穂子は何か諦め切ったように、ただ一人で空を見つめたまま、死の徐(しず)かに近づいて来るのを待っている。 66 「一体、わたしはもう一生を終えてしまったのかしら?」と彼女はぎょっとして考えた。 78 「わたしには明さんのように、自分でどうしてもしたいと思う事なんぞないんだわ。」そんなとき菜穂子はしみじみと考えるのだった。「それはわたしがもう結婚した女だからなのだろうか? そしてもうわたしにも、他の結婚した女のように自分でないものの中に生きるより外はないのだろうか?……」 104 あのレンブラントの晩年の絵のもっているような、冬の日の光に似た、不確かな、そこここに気まぐれに漂うような光を浴び出す一人の女の姿──そんな絵すがたを描いてみたい様な欲求が、いま、僕をとらえているのです。 何か僕の力になってくれそうなレンブラントの絵や、ベエトオヴェンの晩年のあの奇妙な翳に充ちた四重奏曲なんぞの中にやや胸苦しく暮らしています…… 114 霧のなかで、うぐいすだの、山鳩だのがしきりなしに啼いた。私が名前を知らない小鳥も、私たちがその名前を知りたがるような美しい啼き声で囀った。 129 一日は他の日に似ていた。 ただ小鳥だけは毎日異(ちが)ったのが、かわるがわる、庭の梢にやってきて異った声で啼いていた。 133 去年と同じ村はずれでの、去年と殆ど同じような分かれ、──それだのに、まあ何んと去年のそのときとは何もかもが変ってしまっているのだろう。何が私たちの上に起り、そして過ぎ去ったのであろう? 149 「私、この頃こんな気がするわ、男でも、女でも結婚しないでいるうちはかえって何かに束縛されているような……始終、脆い、移り易いようなもの、例えば幸福なんていう幻影(イリユウジヨン)に囚われているような……そうではないのかしら? しかし結婚してしまえば、少くとも、そんなはかないものからは自由になれるような気がするわ……」 184 『ボヴァリィ夫人は、私自身だ』というフロォベルの有名な言葉は、頗る理解し易い。
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この作品は昭和十六年三月に発表されたものとのこと。 久しぶりに昭和文学を読んだ。 登場人物それぞれの想い、心の中での葛藤やそのときの表情などが細かく描かれているのだが、その描写が本当に細かくて独特で、でも、その想いがわかるようなわからないような……。堀辰雄さんの作品を読んだのは初...
この作品は昭和十六年三月に発表されたものとのこと。 久しぶりに昭和文学を読んだ。 登場人物それぞれの想い、心の中での葛藤やそのときの表情などが細かく描かれているのだが、その描写が本当に細かくて独特で、でも、その想いがわかるようなわからないような……。堀辰雄さんの作品を読んだのは初めてだが、こんなにも人の心を表現するのは難しいんだな、そしてそれに対面した側の感じ方もきっと多様にあるんだな、ということを感じた。 何といえばよいかわからないが、独特な孤独が漂う小説。途中、胸がキュッとなった。 そして、最後の解説に記されていた、この小説の菜穂子や森さん、三村夫人のモデルを知って驚き、もう一度すぐに読みたくなりました。
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