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私と日本建築 SD選書17
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 鹿島出版会 |
| 発売年月日 | 1983/04/01 |
| JAN | 9784306050174 |
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私と日本建築
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私と日本建築
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◼️ アントニン・レーモンド「私と日本建築」 「私に現代建築の原則を教えてくれたのは、日本の建築であった」日本に住み、愛し、多くの作品を残したレーモンドの論文・講演。 レーモンドといえばフランク・ロイド・ライトの弟子として来日、帝国ホテルの建設に携わった。それから独立、ライト...
◼️ アントニン・レーモンド「私と日本建築」 「私に現代建築の原則を教えてくれたのは、日本の建築であった」日本に住み、愛し、多くの作品を残したレーモンドの論文・講演。 レーモンドといえばフランク・ロイド・ライトの弟子として来日、帝国ホテルの建設に携わった。それから独立、ライトの影響を脱して、シンプルかつ美しい数々の建築を日本で手がけた。東京女子大学、群馬音楽センター、南山大学などが代表作のようだ。群馬音楽センターはテレビで特集を観て、上から見たらザリガニのような、大変興味深いフォルムに感銘を受けた。現代のトップランナー、隈研吾の著書では東京・麻布の私邸の造りに強いインスピレーションを受けた旨のことが書いてあったと思う。 群馬音楽センターのようにデザインチックなものもある。が、その多くは方形のシンプルなデザインでその中に少しく遊びがあり、まとまって、洒落ている。彼は来日したその日から日本の建築と文化に強く惹かれ、日本の建築を研究して自らのスタイル、確固としたビジョンを創造した。日本愛が溢れる文章。 1919年12月31日、ライトとともに横浜に着いて東京までの道のりを車で移動する車中で市井の人々を見た時からレーモンドは好印象を日本に抱いている。日本建築に関しても、開口部が広く、オープンであり、自然と結びついていて、季節にも気を配していることにいたく感銘を受けている。 欧米は防犯という意味合いからも、家は、大げさに言えば要塞化し、窓も覗きに行かなければ外が見えない、という大きさだったようだ。確かに日本家屋は縁側など庭に面した部分は広く外が見え、外光に当たるようになっている。この本にも書いてあるが、出入りができるガラス張りのフランス窓は、ヨーロッパで導入されたころは違和感がある、という受け止め方もあったとか。神戸北野の異人館街ではサンルームが多く設けられていて、そのギャップにも考えるところがある。 日本には建築家はおらず、大工の棟梁がいて、棟梁は易者に相談する、という風習があったのだそう。最初懐疑的だったレーモンドは易者の話も吸収した、と。棟梁は土壌の質、土地の起伏、風や地震の状態、飲料水の供給、水はけなどの情報を易者に提供する。易者は要求された建物にその土地が合うかどうか、その他の衛生条件が揃っているかどうか、などを助言するシステムだったらしい。もちろん諸条件を考慮した上で、易者らしく「めでたい日」を決めていたともある。 レーモンドが感心したのは2人で部屋の位置や方角などを決めていたことのようだ。冬の日光、夏の風通しを考えて居間は南か南東、常駐の部屋は北にはおかず、玄関やトイレになる。ふうむ、西洋ではあまり考慮されなかったような書きぶりだが、逆に不思議だ。 時代も感じる。1888年チェコ生まれのアメリカ人レーモンド、同年代にはコルビュジェやグロピウス、ミース・ファン・デル・ローエがいた。威厳を前に押し出したような古い建築から、おおざっぱに言えば機能優先のシンプルなデザインの現代建築へと転換しようという時期。また人口も増え、集合住宅等も必要に迫られていた。 日本の建築は、民族的な特質、気候条件などから必要なものが優先、機能を考えている、例えば見えないところに収納する、などがあり、ないのはモニュメンタルな発想だけ、とレーモンドは言っている。その点も伊勢神宮を例に挙げ、権威のある建築物も、大きさによる印象を拒否した、釣り合いへの認識があり、素材を活かしすっきりとしていると受け止めている。 時代を考えれば、確かにごてごてと装飾した威厳重視の建物からモダンへの脱却の過程で、日本建築のシンプルさ、例えば柱を隠すのではなく素材のままきれいに見せる、などはある意味ショッキングでさえあったのではないかと推察できる。この方向性からは、装飾にもこだわるライト建築に相容れないものを感じていたのだろうとも思う。 また、日本に西洋建築が入ってきたのはまさに端境期を迎えようとしていたころで、ヴィクトリア朝風建築などが嫌いらしいレーモンドはその不運を説いている。実は市井の建築好きとして、この辺は響くものがある。まあ鎖国を解いたばかりの日本が模倣するのは自然の流れと言えるだろう。 写真で見る限り、レーモンド建築は、特に学校等大規模な建物は長方形が基本で、各区切り造りを揃えていて画一的。そこに少しずつ目を惹く工夫を凝らしてある。また、群馬音楽センターのようにかなり意匠を凝らしているものもある。一度ゆっくり見て回る機会を持ちたいものだ。 気持ちよく日本建築の美点が分かった本でした。
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アントニン・レーモンドの論稿集。およそ一世紀前に書かれた文章だが、建築に対する考え方は、今なお新鮮に心に響く。日本伝統の建築文化を再発見して、モダニズムと融合・昇華しようとした試みは、前川國男、吉村順三などの最良の建築家達を育て、現在に連なる礎を築いてくれたと思う。レーモンドが日...
アントニン・レーモンドの論稿集。およそ一世紀前に書かれた文章だが、建築に対する考え方は、今なお新鮮に心に響く。日本伝統の建築文化を再発見して、モダニズムと融合・昇華しようとした試みは、前川國男、吉村順三などの最良の建築家達を育て、現在に連なる礎を築いてくれたと思う。レーモンドが日本を愛し、この国に多くの時間を費やしてくれたことに謝意を表したい。レーモンド建築の多くが失われたことが残念であるが、今なお残るものから学んでいきたいと思う。
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