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選書日本中世史(2) 自由にしてケシカラン人々の世紀 講談社選書メチエ467
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 講談社 |
発売年月日 | 2010/06/10 |
JAN | 9784062584678 |
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選書日本中世史(2)
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中世語での「自由」=勝手し放題の意。よって、「自由の至りなり」=誠にケシカランの意。FreedomとかLibertyの訳だと言うより、しっくり来る気が。 から傘連判は一揆の首謀者隠しと言うより、連判状の奉納という行為から 、手段の神格化、という指摘。 政治の実行が目的のはずの政治...
中世語での「自由」=勝手し放題の意。よって、「自由の至りなり」=誠にケシカランの意。FreedomとかLibertyの訳だと言うより、しっくり来る気が。 から傘連判は一揆の首謀者隠しと言うより、連判状の奉納という行為から 、手段の神格化、という指摘。 政治の実行が目的のはずの政治家に人格を求める風潮に通じる気が。 足利義政の飢饉の折に花の御所などの再建を行ったのは、悪政ではなくピラミッドなどと同じ公共事業により雇用創出、景気対策だったという説など。 自説に沿う事例を集めているともいなるのかもしれないが、自分の考えや知りうる範囲でしか善悪、良否を判断していないということを頭の隅に置いておくべし、と考えさせられた一冊。 中世は現代より桁外れに生きることそのものが大変だっただろうが、意外に生きていて現代よりずっと楽しかったのではないかと思う。
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著者の国家観、社会観と問題意識に引きつけた歴史の叙述、いや読み直し、というか再構成というか、悪く言えばこじつけ、いいとこ取り、なのだろう。が、私にはたいへん共感できる部分が多い。 まあ、そういう問題意識を持たずに読もうとする単なる歴史学ファンにも面白く読めると思う。歴史解釈の多面...
著者の国家観、社会観と問題意識に引きつけた歴史の叙述、いや読み直し、というか再構成というか、悪く言えばこじつけ、いいとこ取り、なのだろう。が、私にはたいへん共感できる部分が多い。 まあ、そういう問題意識を持たずに読もうとする単なる歴史学ファンにも面白く読めると思う。歴史解釈の多面性、意外性の醍醐味を味わえること間違いない。 著者が大学で実際に行っているという講義の方法も、微笑ましく楽しませてもらった。
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講談社選書メチエの「選書日本中世史シリーズ」第2弾。 日本社会のあり様や考え方がどの時点において「異質的」なものから現代にも通じる「等質的」なものに変質したかという時代区分の観点を時間軸において、変革期に顕在化する人と人とのネットワークを構築することにより新しい社会を生み出そうと...
講談社選書メチエの「選書日本中世史シリーズ」第2弾。 日本社会のあり様や考え方がどの時点において「異質的」なものから現代にも通じる「等質的」なものに変質したかという時代区分の観点を時間軸において、変革期に顕在化する人と人とのネットワークを構築することにより新しい社会を生み出そうとする「江湖」精神の視点にて、中世日本の諸相についての「可能態」を提示する。著者は専攻を「日本中世史」ではなく「歴史学」というだけあって、その時代網羅的な視点は凄い。もとより自分にとっても既成の時代区分を越えられない現状は大いに不満であり、網野義彦の南北朝時代をもって現代に通じる大きな区分とする、あるいは勝俣鎮夫の戦国時代を区分とするという説を前提に、その間のゆるやかな変質という考え方から、本書では14世紀・15世紀にわけて、著名な学説と最新の知見によりながら叙述する。 個々の内容はそれぞれとても興味深いものであるが、大学での講義内容を大まかなベースにしている感じで、それぞれの導入部が面白く大部分は歴史エッセイ風にわかりやすくまとめている。とりわけ面白かったのは、東アジアの変動と南北朝の動乱そして倭寇との関連性を論証した論文紹介や、四条河原での勧進興行で民衆と一体となって見物した将軍足利尊氏、天台座主梶井宮尊胤法親王、関白二条良基を文化の「新人類」と位置づけたこと、そしてそれが足利義政・日野富子が参加した勧進興行では身分秩序を再確認する「空虚な中心」構造となってしまったこと、飢饉や災害の公権力の対応が出挙型負担から勧進媒介型負担に変化していくという道筋が、秀吉の融資型都市政策により勧進ネットワークを失わせることになった、などであった。 ほかにも、中世人としての信長の自己神格化の真意を巡る考察や、網野の『異形の王権』でとりあげている後醍醐が行った真言立川流の性の秘儀の描写は遠まわしすぎると、その秘術内容を明らかにしていることなどもとても興味深かった。(笑) ところで、本書は著者が自分と同世代の方というのもあるかもしれないですが、個人的に非常にノスタルジックな想いにさせられた内容でした。学生時代の楽しさと自由感と慙愧が甦ってくるようです。冒頭の戸田芳実の「富豪の輩」からはじまり、網野義彦の『日本中世の非農業民と天皇』『異形の王権』『無縁・公界・楽』、勝俣鎮夫の『戦国法成立史論』、彼ら4人組の『中世の罪と罰』、石母田正の『中世的世界の形成』、佐藤進一の「将軍権力の2元性論」や『古文書学入門』『日本中世史論集』そしてNHK大河ドラマ『太平記』、石井進と五味文彦の『中世の人と政治』、山室恭子の『中世のなかに生まれた近世』、朝尾直弘の『将軍権力の創出』、今谷明の『信長と天皇』などなど。中世惣村から近世村落への移行期を主題にした近世史ゼミで取り扱った論文の中で、近世村をライトゥルギー的団体と評価していたのは確か水林彪ではなかったか。どれも著名な歴史書・学説をネタにしているだけに本書に凝縮されていて感慨もひとしおです。素人ながら当時は浅田彰や丸山真男も周囲で何かと話題になっていたしなあ。(笑)それに「新人類」という言葉!何もかもみな懐かしい。(笑)実は、著者の本書でのメインテーマであると思われる最終章の、「文芸的公共圏」の「可能態」を媒介するものの議論は、趣は異なるが「知」を媒介する人的ネットワークの議論を思い起こさせ、これも当時の懐かしい気分にさせられた。(笑)
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