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貧しき人々 光文社古典新訳文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 光文社 |
| 発売年月日 | 2010/04/20 |
| JAN | 9784334752033 |
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貧しき人々
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商品レビュー
3.8
45件のお客様レビュー
心の奥深くに触れる手紙のやりとりが描かれた物語で、貧困に苦しむ中年男性と病弱な少女の切実な感情が交錯します。書簡体という形式が新鮮で、二人の思いが言葉を通じて丁寧に紡がれ、やりとりの中に温かな感情や悲しみが詰まっています。特に、互いを思いやる姿勢や、時折見せる冗談が心を和ませ、読者を引き込む要素となっています。手紙の中での心の変化や、彼らの関係の深まりは、非常に感動的で、最後まで二人の行く末が気になる展開が続きます。ドストエフスキーの初期の作品ながら、その心理描写や文章の洗練さは印象的で、弱者への愛情が感じられる作品です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
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※このレビューにはネタバレを含みます
ドストエフスキーの「貧しき人々」を読んでみた。「古典文学」の魅力に取りつかれつつある?(笑)。そもそも「古典文学」の定義はどうなのか? 日本文学では「近代文学」に対し、江戸以前のものを「古典文学」と呼ばれるのが一般的らしい。が、ともかく、日本に限らず、世界の「名作」と呼ばれるもの、時代を越えて、歴史に名を残した作家たちの作品と出会ってみたくなってきた(もちろん再会も)。 今回のきっかけもツヴァイクの「四人の巨匠」を起点として、3人目の巨匠ドストエフスキーを選んだが、まずはビギナーとして、氏の処女作であり、しかも輝かしいデビューを果たしたという本作を選んでみた。 最初の「訳者(安岡治子さん)まえがき」は貴重だ。この作品にまつわる背景を簡潔に説明してくださっている。 「『貧しき人々』は、一八四六年に二十四歳のドストエフスキーが発表した処女小説です。舞台はペテルブルグ、四十七歳の下級官吏マカール・ジェーヴシキンと、若くして両親を失った薄幸の娘(おそらく十八歳ぐらいの)ワルワーラ・ドブロショロワ(愛称ワーレンカ)の半年にわたる往復書簡の形で書かれています。マカールは・・・。一方ワーレンカは・・・。」と もちろんのこの二人の主人公が貧しい生活の中でお互いの貧困生活にもがき、なかなか抜け出せないという生活が描かれているが、そのなかに、お互いに対する思いやり、あるいは愛情が描かれ、また周囲の人たちへの感情(怒りとか悲しさとか)も描かれており、総じてドスエフスキーが見事に、当時のロシア社会の様子を描き出した作品でもあるようだ。 このドストエフスキーの処女作は、世に出る前に、何度も推敲が重ねられたようで、そして本作が完成した際に、それは詩人ネクラーソフの目にとまり、さらに偉大な批評家ベリンスキーに「この小説は、今まで誰も考えたこともなかったほど鮮やかに、ロシアの生活と人物の神秘を明かしてみせた。これは、我々が手にした初めての社会小説だ」と言わしめたことからも明らかだ。 往復書簡の場面は、4月8日の春先から9月30日の秋口まで。この約半年に二人が交わした書簡が小説を構成している。こういう往復書簡形式の小説は、それまでもあり(探してみるのも興味深い・・・)、ただしこの時期ではやや時代遅れの感があったようだ。 本作だが、この半年の間、ほぼ前半からずーっと二人の貧しい生活の描写が続き、謙虚で相手を思いやる気持ち、むしろ自己犠牲に近いと思われるほどの思いやりの会話で、「貧しい生活の中にも美しい心」というものを感じつつも、「この年齢差の二人の愛情とはどういうものなのか」とか、「たった庭をはさんだだけのお隣さん同士なのに、どうして直接会わないで、書簡交換ばかりしているんだろう」とか、「貧困からの脱出は難しい反面、そういう貧困の中になんとか喜びを見出そうとしているな」とか、読者に様々な考えを想起させてくれる。当時のロシアの社会は、むしろこのような姿が典型的だったということだ。 考えてみれば、年齢差の愛情の在り方や、コミュニケーションの在り方にふと疑問を持った自分も、いま目の前の社会を見てみると、SNSを通じた様々な愛情の形があり、会社の隣の席同士でメール交換をしている実態があり、時代に応じた姿がありうるんだなとも思えた。 そして、小説は後半から終盤にかけて、一気に急展開し、たった半年の月日の流れの中で、これほどまでに変わるのかという結末へと進んでいく。人の心も、環境がかわることで影響を受け、変わってしまう現実というものがある。しかしながら、環境がかわっても変わらない「大切なもの」があるということも、この作品は教えてくれているようだ。 訳者のあとがきの中で述べられている、「身を削られるような極貧を体験する中で、二人の主人公が結局知り得たのは単純な真実である。幸せをもたらすのはお金ではない。人生に喜びを与えてくれるのは、互いの不幸を思いやり相手の幸せを心から喜ぶことのできるような隣人をもつことなのだ。貧困が広がる中で、人と人との繫がりがますます希薄になっている現代にこそ、もう一度読み直されるべき小説ではなかろうか。」との言葉は、読後の自身もそう思う。 本作は、ドスエフスキーの処女作ではあるが、作中に出てくるゴーゴリやプーシキンなどの作品のプロットは絶妙だそうで、自分のような素人には、まだまだそこまで読み取れなかった。ただ、巻末の「ドスエフスキー年譜」をみて、本作が世に出る前年に、ドストエフスキーはバルザックの本の翻訳をしていたようで、「文学の世界はつながっているんだな~」と感じた次第です。
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子ポクロフスキーとワルワーラの友情(恋?)がめっちゃ素敵でした。ワルワーラのイタズラ(誤解)にポクロフスキー激怒、からの、母を看病するワルワーラを優しく支える……という流れが美しかった。 ポクロフスキー、最初は自分の本に触られるのめちゃくちゃ大嫌いだったのに、ワルワーラさんと仲よくなってからは自分から本を貸してんじゃんか〜!!!! 愛情表現! いや普通に、人に勝手に触られるのは嫌だけど自分から貸すのはアリってこと? どちらにせよよい。 ポクロフスキー……。なんでこんなに悲しい最後なんだ……。 ゴルシコフもワルワーラも最後、最後〜!! マカールとワルワーラの親子愛に似た友情関係は好きだった。お互い独善的な気配が強く見せるものの、思いやりあっている感じがあった。 この後2人はどうなったんじゃろうか。ものすごく破滅の香りがしているが……。 表紙デザインいいなあ。 書簡形式だからなんだろうけど、「!」マークが多い気がした。 ドストエフスキー、「!」をよく使うイメージをめちゃくちゃ勝手に持ったけど、気のせい? 「!……」という連なりもドストエフスキーの特徴だよね。これすごい好きです。(メリメでもあったから海外文学あるあるだったりする? ドストエフスキーとメリメに何か関連性がある? 気になるぞ!……)
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経済的な貧しさは必ずしも精神的な貧しさと同義ではないのであろう。それすなわち経済的な豊かさと精神的な豊かさが同義ではないという論理でもある。少なくとも自分は本著者同様そう考えていると言ってよいだろう。では精神的な豊かさとは何か。名誉や愛という言葉で短絡的に定義づけられるものではな...
経済的な貧しさは必ずしも精神的な貧しさと同義ではないのであろう。それすなわち経済的な豊かさと精神的な豊かさが同義ではないという論理でもある。少なくとも自分は本著者同様そう考えていると言ってよいだろう。では精神的な豊かさとは何か。名誉や愛という言葉で短絡的に定義づけられるものではなかろうが、自身にとっての精神的豊かさとはそれら名誉や愛を含むように思う。自身の言動にまずは自身が恥じることなく捉えられるかどうか。そして自身の生きる意味を自分という人間の願望の充足のみで満たせるかどうかに懐疑的視点を持ち始めた今、他人という存在を愛しその他人の存在に自身の生きる意味を見出せるかどうかは精神的豊かさを構成する要素として捉えられているのである。近年の資本主義のあり方は経済的豊かさにかなりの重みを付与しているように思われる一方で、その尺度とは関連しない尺度として精神的な豊かさを自身の内部に有していきたいと思うのである。
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