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ヒューマンエラーは裁けるか 安全で公正な文化を築くには
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京大学出版会 |
| 発売年月日 | 2009/10/30 |
| JAN | 9784130530170 |
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ヒューマンエラーは裁けるか
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商品レビュー
4.4
7件のお客様レビュー
仕事のうえで、とかく無理強いや人事考課の材料になったり叱責のネタにされたりする「責任」について、当事者や組織が何を求めるべきかを論じる。 司法や裁判の話題は私には興味が薄いので読んでいてノイジーだが(この本はそれをテーマに書かれたので仕方ない)、公正に扱うとは何か?を考え勉強にな...
仕事のうえで、とかく無理強いや人事考課の材料になったり叱責のネタにされたりする「責任」について、当事者や組織が何を求めるべきかを論じる。 司法や裁判の話題は私には興味が薄いので読んでいてノイジーだが(この本はそれをテーマに書かれたので仕方ない)、公正に扱うとは何か?を考え勉強になる。
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ただ職責を果たそうとしてミスしただけで、あるいはミスすらもしてないのに結果として危険や不幸な事態を招いただけで、その職務の現実をかけらも知らない人たちによって犯罪者にさせられてしまった人々がいる。 手術に失敗した医師、投薬を間違えた看護師、危うく飛行機を墜落させそうになったパイ...
ただ職責を果たそうとしてミスしただけで、あるいはミスすらもしてないのに結果として危険や不幸な事態を招いただけで、その職務の現実をかけらも知らない人たちによって犯罪者にさせられてしまった人々がいる。 手術に失敗した医師、投薬を間違えた看護師、危うく飛行機を墜落させそうになったパイロット、誤って人を撃った警察官・・・ 起きてはならない事態が発生してしまったとき、人はその原因を説明する単純なストーリーを求める。それは往々にして「誰の責任なのか」という性急な犯人探しになり、不運な人がスケープゴートとなって処罰される。それで問題は解決ということになり、人々は溜飲を下げる。 問題は、現実はそんなに単純ではないということだ。しかし単純な勧善懲悪を求める人々にとって、現実の複雑さなどどうでもよい。心の中の不条理感を解決してくれる単純なストーリーこそが人々の求める真実なのだから。 実務者が自分のミスによって裁かれてしまうなら、それを進んで報告することはないだろう。そうした組織はヒューマンエラーからのフィードバックが得られず、組織的な改善が停滞してしまう。組織が学習するためには、いたずらに犯人探しをしない「公正な文化」が必要なのだ。 公正な文化とは何か。公正な文化は「前向きの説明責任」を重視する。前向きの説明責任とは、下記の2つの要求を満たすものである。 ・説明責任に対する要求を満足させること ・学習や改善に貢献すること これとは逆の後ろ向きの説明責任は、スケープゴートを見つけ出して処罰する。一方、前向きの説明責任はミスやそれに起因する被害を認めたうえで、そうしたことが2度と怒らないように変化を促す。 公正な文化が欠けている組織は、仕事に対する意欲、組織コミットメント、仕事に対する満足感、役割の境界を超えた仕事をする意欲が低下する。 本書はヒューマンエラーに対する新しい見方を教えてくれる。 「ヒューマンエラーの古い視点は、ヒューマンエラーをインシデントの原因と考える。これに対し、新しい、システム的な視点は、ヒューマンエラーを原因ではなく、症状と考える。ヒューマンエラーは、システムの内部の深いところにある問題の結果である。」
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まず、このようなインシデントを個人の責任に帰趨する文化圏が、日本以外にも「スウェーデンや英国など欧米諸国」に存在するらしいことに驚いた。ちらりと出てくるスリーマイル島事故の話などは、ビジネスハック関係でもよく見かけるが、アメリカの話であって、インシデントから学び向上させるテクニッ...
まず、このようなインシデントを個人の責任に帰趨する文化圏が、日本以外にも「スウェーデンや英国など欧米諸国」に存在するらしいことに驚いた。ちらりと出てくるスリーマイル島事故の話などは、ビジネスハック関係でもよく見かけるが、アメリカの話であって、インシデントから学び向上させるテクニックはまだまだ一部の考え方なのだと残念に思う。振り返ってみれば、身近に考えられる職種では「システム的に仕方なかった部分があるだろう」と想像できるが、児童虐待死のニュースで役所が一旦把握しておきながら…という場合など「うわあ、もう、何してたんだ!」と腹を立てていたりする。その背後には、非正規公務員やサビ残などの問題があって、それが子供をむざむざと死なせてしまうのだろうことを思い出さなければ。故意が存在するとは考えにくい。 遺族などが裁判をすることに関する部分については、難しい。著者は、彼らが真実を求めて裁判をするのだと書くが、そう思えるものは少ないと感じる。この本で書かれたような真実を、誰も責められないシステム的な小さなエラーの積み重ねを、「これが知りたかったんだ」と思う原告はどれくらいいるだろうか。刑事事件になり、検察や裁判官さえ理解できない”真実”なのに。”犯人”を酷い目にあわせて溜飲を下げることこそが裁判の目的ではないか。
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