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里地里山文化論(下) 循環型社会の暮らしと生態系
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 農山漁村文化協会 |
発売年月日 | 2009/09/20 |
JAN | 9784540091650 |
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里地里山文化論(下)
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昭和20~30年代の暮らしについて、全国18地区を調査した。 使用した土地面積は、1戸当たり田畑0.9ha、燃料山1.1ha。薪炭は、プロパンガスが普及し始めた昭和30年半ばから減少し始め、40年代半ば過ぎにはほとんど使われなくなった。竿や雨樋、筒、屋根葺き材などとして使われた...
昭和20~30年代の暮らしについて、全国18地区を調査した。 使用した土地面積は、1戸当たり田畑0.9ha、燃料山1.1ha。薪炭は、プロパンガスが普及し始めた昭和30年半ばから減少し始め、40年代半ば過ぎにはほとんど使われなくなった。竿や雨樋、筒、屋根葺き材などとして使われた竹も、プラスチックが普及した昭和30年半ばから激減した。里地里山の屋敷は、昭和40年初めまで茅葺き屋根が多数を占めた。 江戸時代から第二次世界大戦前まで、林野面積の10~15%、250~400万haが刈敷や牛馬の餌を得るための草山だった。草刈山は、牛馬耕の普及に伴う堆厩肥の導入や、薪炭材需要が増大した明治以降、雑木林に変わっていった。明治30年以降、木炭の需要が増大したため、全国各地でクヌギなどの広葉樹が植林され、昭和30年までに42万ha(森林面積の2.2%)に及んだ。 殺虫剤、殺菌剤の使用は、昭和20年代末から30年代初めに、除草剤は、昭和30年代半ばから開始された。除草剤、殺虫剤を使い始めると、水田のタニシやドジョウが死滅した。 昭和40年代から大型機械で作業を効率化させるための区画の拡大を図ったため、畦が消失し、両生類・爬虫類、昆虫の生息地が失われた。用水路は三面コンクリートや地下パイプラインになり、稲刈り後の排水路は水無になったため、カエルやトカゲ、ヘビ、バッタ、コオロギなどの生息地が失われた。 昭和30年代半ばから耕耘機が普及し、農耕牛馬が消滅して、牛糞などの堆厩肥に代わる化成肥料が普及した。農耕牛馬の消滅によって、草刈り場が不要となり、昭和34年の120万haから平成17年の39万haへ減少した。その結果、蝶類などの昆虫の生息地が失われた。 昭和40年代前半から田植機が導入されると、苗はビニールハウス内の育苗箱で育てられるようになり、水苗代が不要になって、水田は収穫前後から翌年の田植え直前まで乾燥状態になった。その結果、カエルやトンボの産卵環境が減少した。さらに、昭和50年代初めからはコンバインが普及し、8月下旬には田の土が完全に乾燥するようになった。 里山が放棄されたことにより、昭和30年代後半からイノシシ、シカ、サル、ハクビシン、アライグマなどによる被害が広がった。
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里地里山の保全が叫ばれるなか、循環型社会の暮らしとそれを支えた生態系に着目し、「なぜ今それが大切なのか」を解き明かす。 上巻では、里地里山文化の歴史を辿り、東アジアの源流を訪ねた詳しいレポートが綴られる。 下巻ではさらに、全国各地の古老から聞き書きした調査をもとに、昭和20...
里地里山の保全が叫ばれるなか、循環型社会の暮らしとそれを支えた生態系に着目し、「なぜ今それが大切なのか」を解き明かす。 上巻では、里地里山文化の歴史を辿り、東アジアの源流を訪ねた詳しいレポートが綴られる。 下巻ではさらに、全国各地の古老から聞き書きした調査をもとに、昭和20年から30年代の里地里山文化の実態と、その復元の可能性が検証される。
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