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里地里山文化論(上) 循環型社会の基層と形成
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里地里山文化論(上) 循環型社会の基層と形成

養父志乃夫(著者)

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里地里山文化論(上) 循環型社会の基層と形成

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 農山漁村文化協会
発売年月日 2009/08/31
JAN 9784540091643

里地里山文化論(上)

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2014/04/11

縄文中期の温暖期には焼畑耕作が始まり、これによって生じた二次植生の落葉広葉樹が森林面積の12%に達していた。カタクリなどの春植物は、落葉広葉樹の若葉が日光を遮るまでの1か月の間に繁茂するもので、人間によって利用、維持されてきた雑木林で生き延びてきた。 ヒガンバナは縄文晩期に稲作...

縄文中期の温暖期には焼畑耕作が始まり、これによって生じた二次植生の落葉広葉樹が森林面積の12%に達していた。カタクリなどの春植物は、落葉広葉樹の若葉が日光を遮るまでの1か月の間に繁茂するもので、人間によって利用、維持されてきた雑木林で生き延びてきた。 ヒガンバナは縄文晩期に稲作とともに渡来した。鱗茎にはアルカロイドが含まれるためにモグラ除けになり、水で晒せば救荒植物になった。 2200年前から、低湿地に自生するハンノキの花粉が減少し、イネ科やヨモギ属の花粉が増加した。近畿地方では、500年頃からマツ属とイネ科の花粉が増加しており、森林の伐採と二次林の拡大、稲作が広がった。関東地方でも、500年頃からアカガシなどの照葉樹林の花粉が減少し、アカマツが増加した。 江戸時代後期には、刈敷や牛馬の餌を採取する草地が国土全体の12%、薪炭や建材を得る雑木林が38%を占めていた。吉野林業は、木曽、秋田の木材枯渇と保護政策を背景に、近世後期に実生苗によって作られた育成林。 明治30(1901)年以降、増え続ける木材需要に応えるため、全国各地でクヌギなどの広葉樹が植林された。日露戦争後、ロシアから安価な大豆が輸入されて、その粕が有機肥料として販売され、第一次大戦後は、化学工業の発展で安価な硫安、過リン酸石灰などが出回り始めた。明治40(1911)年に第二次森林法によって林野への火入れが規制されたため、草山が減少していった。里山の草地の割合は、大正11年を境に減少し始めた。刈敷や落葉落枝、牛糞や馬糞堆肥、人糞尿を発酵させた下肥の利用は、昭和20〜30年代まで続いた。

Posted by ブクログ

2010/07/01

 里地里山の保全が叫ばれるなか、循環型社会の暮らしとそれを支えた生態系に着目し、「なぜ今それが大切なのか」を解き明かす。  上巻では、里地里山文化の歴史を辿り、東アジアの源流を訪ねた詳しいレポートが綴られる。  下巻ではさらに、全国各地の古老から聞き書きした調査をもとに、昭和20...

 里地里山の保全が叫ばれるなか、循環型社会の暮らしとそれを支えた生態系に着目し、「なぜ今それが大切なのか」を解き明かす。  上巻では、里地里山文化の歴史を辿り、東アジアの源流を訪ねた詳しいレポートが綴られる。  下巻ではさらに、全国各地の古老から聞き書きした調査をもとに、昭和20年から30年代の里地里山文化の実態と、その復元の可能性が検証される。

Posted by ブクログ

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