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宗教的経験の諸相(下) 岩波文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 1996/07/01 |
| JAN | 9784003364031 |

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宗教的経験の諸相(下)
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商品レビュー
4.5
4件のお客様レビュー
上を登録してあって下がなかったので読んでなかったのかな?とりあえず読んでおいた。 宗教的経験の文献学といった感じで,理論的な体系はない。そこにまさにプラグマティズムの萌芽を感じさせる。 ①目に見える世界は,より霊的な宇宙の部分であって,この宇宙から世界はその主要な意義を得る。 ...
上を登録してあって下がなかったので読んでなかったのかな?とりあえず読んでおいた。 宗教的経験の文献学といった感じで,理論的な体系はない。そこにまさにプラグマティズムの萌芽を感じさせる。 ①目に見える世界は,より霊的な宇宙の部分であって,この宇宙から世界はその主要な意義を得る。 ②このより高い宇宙との合一あるいは調和的関係が,私たちの真の目的である。 ③祈り,あるいは,より高い宇宙の霊ーそれが「神」であろうと「法則」であろうとーとの内的な交わりは,現実的に業の行われる方法であり,それによって霊的エネルギーが現象の世界の中へ流れ込み,現象世界に心理的あるいは物質的な効果が生み出される。 ④或る新しい刺激が,何かの贈り物のように,生活に付加され,それが叙情的な感激か,それとも真剣さおよび英雄主義への訴えかのいずれかの形をとる。 ⑤安全だという確信,平安の気持ちが生じ,他者との関係において,愛情が優れて力強くなってくる。 プラグマティックに考えれば,宗教的経験とは,主観的・個人的な,より大きなものとの合一の体験であり,それは救いとなる,という感じだろうか。 現代的に見れば至極全うな整理だと思うが,制度的宗教がもっと力を持っていた時代に,ここまで中立的な宗教観を確立したことは偉大な業績だったことだろう。
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先月の末から読み始めて昨日読み終わった。上巻よりも理性と感情に迫る部分が多く読み応えがあった。自身は宗教者であり、信仰を人生のよりどころとしながら、狂信や盲信を否定し、個人に対する人生の救済と世界の福祉とかかわらないような信仰に疑問を投げかける。 決して護教的な論説ではなく、経...
先月の末から読み始めて昨日読み終わった。上巻よりも理性と感情に迫る部分が多く読み応えがあった。自身は宗教者であり、信仰を人生のよりどころとしながら、狂信や盲信を否定し、個人に対する人生の救済と世界の福祉とかかわらないような信仰に疑問を投げかける。 決して護教的な論説ではなく、経験に基付いた観察と研究の成果としての力作であると思う。プラグマティズムの中心的な思想家として位置づけられるジェイムス。理性のみの哲学思想から、必ずしも合理的だけではない歴史と人間の生を宗教経験を基にして語り掛ける。 とても面白かった。そして何度もうなづいた。よかった。 16/6/18
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個人的・内面的な「宗教的経験」をたくさんの事例(文献)によりながら解明していこうという姿勢は、心理学のモノであって、社会学のそれとは根本的に異なる。1902年の本だから、ジェイムズの心理学は今日から見れば少々古くさくて「甘い」ところもあるのだけれど、しかしそれは読むに値しないとい...
個人的・内面的な「宗教的経験」をたくさんの事例(文献)によりながら解明していこうという姿勢は、心理学のモノであって、社会学のそれとは根本的に異なる。1902年の本だから、ジェイムズの心理学は今日から見れば少々古くさくて「甘い」ところもあるのだけれど、しかしそれは読むに値しないということではない。むしろ、最後まで面白く読めた。 人類学的な諸宗教の知識をジェイムズが持っていなかったわけではなく、ヒンドゥー、イスラム、仏教などにもほんの少し触れているが、やはり文献はヨーロッパのキリスト教のものが圧倒的に多いのだから、基本的にここで書かれている「宗教的経験」は西欧キリスト教のそれである。 ヨーロッパだからそうなったのか、キリスト教だからそうなったのかは知らないが、ヨーロッパ=キリスト教の宗教的経験の構造は、あくまでも「個人対神」である。他の人間たち(他者や社会)は、この特権的体験にあっては黒く塗りつぶされて完全に視界から消える。これはアジアの伝統宗教にはない構図だ。あくまでも西欧は、「個人」がすべての起点であって、その「個人」とは神以外の他者を必ずしも必要としないモナドなのである。 そう思いながらこの本を読むと、ヨーロッパ精神史の中核部分に触れているような気がしてくる。 また、神そのものや宗教制度の構造を問うのではなく、ひたすら宗教的経験の個人にとっての意義を問題にしてゆく手法は、やはり「プラグマティズム」なのである。 全然関係のない、私的なことになるが、そういえば、自分の音楽観も「プラグマティズム」なのかもしれないなあ、と、はたと思った。
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