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私には浅田先生がいた
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私には浅田先生がいた

康玲子【著】

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 三一書房
発売年月日 2008/04/30
JAN 9784380082085

私には浅田先生がいた

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商品レビュー

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2018/11/11

高校の同窓会のサイトで誰かが紹介していたので、ネットで取り寄せて読んでみました。著者は、私より丁度一回り上の女性の方で、当然ですが私の大先輩です。 この本に惹かれた理由ですが、この本のタイトルにも入っている、浅田先生に私も高校2年の時に「現代国語」を教えてもらったこともあります...

高校の同窓会のサイトで誰かが紹介していたので、ネットで取り寄せて読んでみました。著者は、私より丁度一回り上の女性の方で、当然ですが私の大先輩です。 この本に惹かれた理由ですが、この本のタイトルにも入っている、浅田先生に私も高校2年の時に「現代国語」を教えてもらったこともあります。彼は片足で、初めて教室に入ってきたときに松葉杖をついていたのに驚きました。 さらに私を驚かせたのは、授業が始まるや否や、松葉杖を黒板の脇に置いて、一本足(けんけん足)で飛び回りながら授業を行ったことです。今は知りませんが、当時の教壇はかなりの高さがあり、そこから落ちたら大変だろうなと思ったこともありましたが杞憂でした。筋肉隆々で凄い方でした。噂では、百段階段で生徒と競争して勝ったとか、水泳もしたとかありましたが、本で紹介されていた通り本当だったようです。 とまあ、浅田先生のことを書いてしまいましたが、この本の内容は、実は重い内容です。関西地区は同和教育がとても盛んな地域ですが、何人かは在日の方も通われていたようです。私の時もクラスで1名いました、彼が三年の時に名字を変えた(本名を名乗るようになった)のですが、その決断の思いを、この本を通して初めて知ったような気になりました。 高校時代に帰れた、記念すべき本となりました。 以下は気になったポイントです。 ・長田高校では、学校と部落研との間に取り決めがなされて、必ず、毎年この問題について話し合うことになっていた(p19) ・永住権は本当の永住を保証するものではなく、無期または7年を超す懲役、または禁錮に処せられた場合には、退去強制が科せられた(p43) ・サンフランシスコ講和条約の発効により、在日朝鮮人は、それまで持っていた日本国籍を一斉に喪失し、外国人とされた。従って、、あらゆる戦争犠牲者に対する援護法の適用、福祉政策から除外された(p100) 2018年11月11日作成

Posted by ブクログ

2011/11/06

康玲子(カン・ヨンジャ)さんの話は、3年前に、前の職場で企画して、来てもらって聞いた(そのときの康さんのお話は、『We』158号 http://femixwe.cart.fc2.com/ca11/2/p-r11-s/ に掲載)。 「賞・地に舟をこげ」を受賞したこの作品も、掲載...

康玲子(カン・ヨンジャ)さんの話は、3年前に、前の職場で企画して、来てもらって聞いた(そのときの康さんのお話は、『We』158号 http://femixwe.cart.fc2.com/ca11/2/p-r11-s/ に掲載)。 「賞・地に舟をこげ」を受賞したこの作品も、掲載誌の『地に舟をこげ』と、単行本になってからと読んでいたが、久しぶりに読み返したくなって、借りてきて読む。在日2.5世という康さんは1956年うまれ。態変の金さんは在日2世、1953年うまれ。うまれ年はそう変わらないものの、重度の身体障害者の金さんと、大学、そして大学院へも進んだ康さんと、その経歴はかなり違う。でも、通名(日本名)から本名に変わったときがあるところは、同じ。 「谷山さんは、なんで本名で学校に来てへんの?」と高校1年の康さんに問いかけてきたのが、浅田先生だった。 名前のことについて、康さんはあとがきで、こう書いている。 ▼名前は多くの場合、親や親戚、親しい人など、上の世代の人につけてもらうものだから、やはりそこには自分を生んだ人達や育てた人達の民族的・文化的・精神的背景が映し出されることになる。…そしてその名前を口に出して呼んでくれる人とは、自分自身ではなく自分の周囲の人達だ。…  そういう意味では、私が高校時代に「通名」を「本名」に変えたときに悩んだことは、自分を生んだ人達、その背後にある歴史、自分を育ててくれた人達、両親だけではなくて学校の先生や友達も含めて私に関わってくれたすべての人達、自分の名を呼んでくれるすべての人達との関係を見つめ直し、悩んだ、ということだったのかもしれない。(pp.174-175) こんかいは、この名前の話が心にのこった。 (10/18了)

Posted by ブクログ

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