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友だち地獄 「空気を読む」世代のサバイバル ちくま新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2008/03/07 |
| JAN | 9784480064165 |
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友だち地獄
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商品レビュー
3.6
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2025/06/08 p.29 史上最年少の15歳で文藝賞を受賞した三並夏の小説『少年マシンガンズ』には、次のような描写がある(河出書房新社、2005年)。 「あたしの体には何ひとつ傷がないのだけど、だだっぴろい教室の中みんなはグループで固まり独りぽつんと机に向かうあたしに刺す...
2025/06/08 p.29 史上最年少の15歳で文藝賞を受賞した三並夏の小説『少年マシンガンズ』には、次のような描写がある(河出書房新社、2005年)。 「あたしの体には何ひとつ傷がないのだけど、だだっぴろい教室の中みんなはグループで固まり独りぽつんと机に向かうあたしに刺すような視線を送ってくるし友達には裏切られてしまっているし、何より独りでいることをハブられていることを見られているのが嫌で、そんなあたしをみんながどう思っているのか考えると恐怖だった。」 2025/12/12 p.57 日々の出来事を列記しただけでは、すなわち自己に対する解釈が入っていなければ、備忘録にはなっても日記にはならない。日記の本質は、自己との対話にこそある。哲学者のフランシス・ベーコンは、このような日記の本質を見事に表現している(『ベーコン随筆集』角川文庫、1968年)。「妙なことだが、海の旅で、空と海しか見られないのに人は日記をつける。しかし、陸上の旅で、見ることが非常に多いのに、たいてい、それを除いてしまう。」 外界の刺激にとらわれるあまり、自己をふりかえる余裕のまったくないとき、人は日記など書かない。その意味において、日記は、いわば自己の分身である。「このノートが私であるということは一面真実である。このノートがもつ真実は、真白な横線の上に私のなげかけたことばが集約的に私を語っているからである」(高野、1969年6月20日)。 一方で、日記と自己の関わり方が、この30年のあいだに大きく変化してきたのも事実だろう。その変化は、日記の形式そのものにも反映されている。南条あやの日記にも見られるように、不特定多数への公開を前提としたウェブ日記の登場は、そのもっとも端的な例である。かつての日記の書き手からすれば、公開を前提とした日記など、とうてい本当の日記とは思えないはずである。 従来、たとえば永井荷風の『断腸亭日常』などのように、刊行が予定された日記は、作家の創作活動の一部ではあっても、日記としてはあくまでも例外にすぎなかった。7歳から日記を書きはじめ、現在は70歳を超える日本日記クラブ会長の小谷信子は、「日記は自分のために書くもの。他人に見られることを意識したら、正直に書けない」と述べている(『日本経済新聞』夕刊、1999年5月28日)。 2026/03/11 p.187 死のイメージをまとうゴスロリ少女 近年の若者のファッションには、生のリアリティを強める手段として、死のイメージを逆説的に用いたものがある。少女たちがゴシック・ロリータ(ゴスロリ)と呼ぶ人気のファッションもそうである。それは、イノセンス(純粋無垢)のイメージを喚起させるロリータでありつつも、彼女たち自身の表現を借りるなら、「退廃的な黒」を基調としたファッションである。 彼女たちは、肌全体を白く、目の周りを黒く塗り、まるで死人のような風貌を好む。また、十字架や骸骨や血を装飾として用いることで、死のイメージを積極的に演出する。女性のファッションには異性からのまなざしを意識したものが多いが、ゴスロリのファッションは人目を引くためのものではなく、自らのまなざしの内部へ向けられたものである。その意味で脱社会的だといえる。他人に向けて自らの「性」をアピールするのではなく、自分へ向けて自らの「生」を確認しようとしているからである。
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この本はいじめ、ひきこもり、リストカット、ネット集団自殺などの現象を通じて、我々が直面する「優しい関係」の問題を分析しています。「空気を読む」ことに過度に気を遣い、周囲から浮かないようにするための努力が、逆に生きづらさを生んでいると指摘しています。特に、いじめを生み出す「優しい...
この本はいじめ、ひきこもり、リストカット、ネット集団自殺などの現象を通じて、我々が直面する「優しい関係」の問題を分析しています。「空気を読む」ことに過度に気を遣い、周囲から浮かないようにするための努力が、逆に生きづらさを生んでいると指摘しています。特に、いじめを生み出す「優しい関係」や、リストカット少女の「痛み」の系譜、ネット自殺のねじれたリアリティなど、具体的な事例を通じて問題の深刻さを浮き彫りにしています。 なぜ「優しい関係」に縛られているのか?他人との関係において「空気を読む」ことに気を遣いすぎてしまうことがあります。なぜ空気を読む必要があるのか、それは単純に変な人だと思われたくないとか浮かないようにするという理由ではなく、他人との関係を作るうえで、自分は生まれながらにして素晴らしい素質を持っていることをわかってほしい、そんな素質を持っている自分は他者との関係も純粋なものでなくてはならず、したがって他人との関係は本音を言い合える関係を作ることで、現実世界にリアリティを追究するためだと思います。 なのに、なぜ生きづらいのか?その理由として本書には、そのようにリアリティを求めながら、他者に踏み込みすぎて、関係が壊れてしまうようなことがあると、理想としていた自分像も壊れてしまうことがあるため、自分自身を純度100%に保つためには、現実世界の相手には踏み込みすぎず、表面的に付き合う一方で、スマホなどで繋がる人とはさらに少ない情報をもとに自分の中に他者像を作り上げ、限られたメッセージなどを自分の都合に合わせた解釈をしているからだと書かれていました。他人に過度に期待しすぎない、近寄りすぎないようにする一方で、素晴らしい素質を持った人間であることを認めてもらうことで、自分の存在を認めてもらうというリアリティを求め、自分が傷つかないようにしていると思います。 また、リストカットやネット自殺といった現象についても、本を通じてその背景にある「優しい関係」の問題を理解することができました。特に、リストカット少女の「痛み」の系譜についての章では、リストカットすることで、彼女たちが自分の存在を確認している、それを否定するのは簡単ですが、ではどうすれば自分の存在を確認できるようになるのかは誰も教えてくれない。本には生きている実感を得られないことを、逆説的に捉え、死のうとすることで生きている実感を得ようとしていると描かれていました。 さらに、ネット自殺のねじれたリアリティについても、インターネットを通じて簡単に繋がることができる一方で、個々のつながりを強くしようとか、お互いに相手を理解しようとすることが少なく、自分の中での他者の構築が自己的に行われている現状が浮き彫りにされており、非常に考えさせられました。 ネットのつながりは簡単に作ることと同じように、簡単に壊すことができます。ネットなどの技術が進んでいるのに、我々人間はまだうまく適応できていないことにより、起きているかもしれないとも思いました。 「友だち地獄」は、直面する人間関係の問題を深く掘り下げた一冊です。ただ、ではどうすれば生きづらさが、少しでもなくなるのかという解決策は示されていません。この本を通じて、友人関係に悩む多くの人たちが、自分自身を見つめ直し、生きている意味や実感をどうすれば得られるのか、またより良い人間関係を築くためにどうすれば良いのかを考えるきっかけにはなると思います。
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衝撃的なタイトル。だが、いまの10代、20代が持つ雰囲気や状況を非常によく表している。一昔前のような校内暴力もなく、教師への激しい反発もない代わりに、クラス全体を覆う良くも悪くも目立つことや突出を好まない雰囲気、本音のぶつかり合いを避ける優しいコミュニティ、いじめられているのは自...
衝撃的なタイトル。だが、いまの10代、20代が持つ雰囲気や状況を非常によく表している。一昔前のような校内暴力もなく、教師への激しい反発もない代わりに、クラス全体を覆う良くも悪くも目立つことや突出を好まない雰囲気、本音のぶつかり合いを避ける優しいコミュニティ、いじめられているのは自分に原因があり、そのせいで雰囲気悪くしてごめんなさいという究極的に低い自己肯定感。著者は「みんな違って、みんないい」「自分らしく生きればいいんだよ」という、共通の基準のなさ、その人の自己責任で価値を確立せざるを得ない状況を作ってしまったことが原因ではないかと分析する。この状況下では、「ピュアで美しい本当の自分」があるんだけど、今は環境(学校や家族を含む)のせいでその真の姿を発揮できていない。でも、いつかはとか、ここじゃないどこかでその姿は発揮できるはず(なぜならば、生まれた時から価値があると教わっているから)、しかし、社会は変わらず、真の自分も発揮できない状況が続き、引きこもったり、自死を選ぶことになるという指摘。この本で取り上げられている参考図書は90年代に出版されたものも多いが、全く読んだことがなかった。これを知っていたら、いろいろ行動が変わっていたかおしれないと思うと、読書って大事だし、社会学って面白い。
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