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江戸の刑罰 中公新書31
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 中央公論社 |
発売年月日 | 1964/02/25 |
JAN | 9784121000316 |
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江戸の刑罰
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江戸の刑罰
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商品レビュー
4.3
5件のお客様レビュー
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1964年刊行。タイトルどおり、江戸時代の、それも主に公事方御定書成立後の刑事罰の種類、刑事法の目的(世間への威嚇たる一般予防から再犯防止の特別予防へ)、寛刑化の傾向、科刑手続のプロセス、江戸時代前期、さらには戦国時代との違いなどを解説。非常に細かい。例えば、単なる刑種の違いだけでなく、火刑、磔刑等の生命刑や、遠島や所払いの自由刑の執行手続まで細かく解説。新書ならこれで十分とも。人足寄場の概要、目的の変遷にも言及。収監中の生業確保の方法論としても意識すべき歴史的経験のよう。
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かなりきつい内容が (牢屋内でのカースト制的なもの)含まれているので 読書の際は要注意です。 特に強烈なのは 岡っ引きが何らかの理由で囚人になった場合。 むごいことを娑婆でしていた場合は まあまあえらい目に遭わされます。 (吐き気を催すクラスのリンチ) 更正の場となる人足寄場に関しても出てきます。 江戸時代にしては画期的ともいえる 矯正の場でしたね。
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<罪と罰について考えてみる・第3弾> 『悪魔のささやき「オレオレ、オレ」』を読んで、懲役刑がなぜ犯罪に対する罰となったのか?というソボクな疑問が生じ、『監獄の誕生』、『江戸の犯罪白書』と読んできた。 本書は江戸刑罰についての古典的名著とのこと。 江戸の刑罰は大まかにいって、前...
<罪と罰について考えてみる・第3弾> 『悪魔のささやき「オレオレ、オレ」』を読んで、懲役刑がなぜ犯罪に対する罰となったのか?というソボクな疑問が生じ、『監獄の誕生』、『江戸の犯罪白書』と読んできた。 本書は江戸刑罰についての古典的名著とのこと。 江戸の刑罰は大まかにいって、前半と後半で大きく変わる。前半は戦国時代の流れで、過酷な見懲(みこらし・みごり)的厳刑主義が取られている。磔や獄門などは、ある種、公開処刑であり、威嚇によって、犯罪を予防しようとするものである。これが後半になってくると改悛を促し、犯罪人が再び罪を犯さないようにする傾向が強くなり、人足寄場のように、一定期間働かせて、更正させようという施設もできてくる。ただ、後期になっても残酷な刑罰がなくなったわけではない。 現在では主な刑罰は刑務所に拘束される懲役・禁固であるが、江戸の刑罰は死刑と追放刑が主である。江戸時代の牢屋は、刑罰として使用されたものではなく、有罪の嫌疑がある者を「吟味」する間に入れておくものだったという。 ただし、現在では有罪となるまでは無罪であるものとして扱われるが、江戸時代では、吟味されるに至ったのであれば、有罪かそれに近いと見なされる。牢内の待遇は酷いものであったが、それは牢に入る者が有罪であると見なされていたことも一因だという。 江戸時代の刑罰が厳しいことは何となく聞いていたが、聞きしに勝る厳しさである。 その具体的な内容については、本書中でかなり詳しく解説されている。挿絵もあり、相当残酷なものもあるので、そうしたものが苦手な方は避けた方が無難かもしれない。 個人的には具体的なイメージが沸いた点はよかったかなと思うが、一方で、いささか唸ってしまうところもあった。 また、牢の決まりや慣習についても解説がある。牢内は名目上は自治組織となっていて、牢名主をはじめとした種々の役人(牢内役人、役人囚人)がいる。相当に厳しい世界で、私刑も多く、ツル(蔓)と呼ばれる賄賂を持って入らないととんでもない目に遭ったという。牢番とつるんでうまい汁を吸ったり、博打がこっそり行われていたり、いやはや、黒い世界だ。 参考文献として、江戸期や明治の文献が挙げられており、実情に迫る著作と言えるのだろう。 非常に興味深く、勉強になった(快い内容ではないけれど)。 *門外漢なので、索引があるともう少し読みやすいかなぁと思った。以下、いくつかメモ。 ・平(ひら:食事の際につくもの)……煮物のこと。海、山、里のものを5種類ほど、取り合わせ、平たい蓋付きの椀に盛る。 ・溜(ため) 江戸時代において、病気になった囚人などを保護する施設。 ・石出帯刀 世襲の牢屋奉行 *直接は関係ないのだが、勘三郎さん追悼で放送された「夏祭浪花鑑」を録画してみていたら、「竹鋸」の刑の話が出てきた。 尊属殺人(この場合は舅だが)が発覚すると、家族が犯人を竹鋸で挽かねばならなかったのだそうで。 本書によれば、江戸期には鋸引きは形式的なものになっていたようだが、そうでもなかったのかなぁ・・・? *江戸期の刑罰はなるほど苛烈であったことがわかった。次は現在のような形になったのが、どのようにしてであるのか、だが。やはり明治期や戦後に大きく変わったのかな・・・? この辺はまた追々、探してみようと思います。
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