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哲学のすすめ 講談社現代新書
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商品詳細
| 内容紹介 | 1966年に出版された哲学の入門書。本書は哲学書にありがちな特殊な専門語をできるだけ使わずに、ごく平明な文章で説明することに努めている。哲学的な「考え方」を説明し、哲学と科学とはどう違うかというような根本問題を説く。表現はやさしくできているが、扱われている問題は高度に哲学的である。 |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 1966/01/16 |
| JAN | 9784061154667 |
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哲学のすすめ
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商品レビュー
3.9
15件のお客様レビュー
#哲学のすすめ #岩崎武雄 著 これほど、平易でグイグイ読ませる哲学書は僕は知らない。哲学特有の語彙などは一切使わず、終始やさしく語りかけるように書かれている。しかし、内容は深い。生きるとは、幸福とは、といった根本原理を一緒に考えることができる。哲学がいかに身近な存在である...
#哲学のすすめ #岩崎武雄 著 これほど、平易でグイグイ読ませる哲学書は僕は知らない。哲学特有の語彙などは一切使わず、終始やさしく語りかけるように書かれている。しかし、内容は深い。生きるとは、幸福とは、といった根本原理を一緒に考えることができる。哲学がいかに身近な存在であるかを肌で感じることができる良書。半世紀前の著書だが、まったく色あせていない。 “直接役に立つもの以上にほんとうに役に立つ根本的なものが、哲学とか思想というものではないかと思うのです。” “価値判断はけっして科学的知識から導かれるもんおではなく、したがってわれわれが価値判断を行わずに行為することができない以上、われわれはどうしても哲学を必要とする。” “われわれが本当に幸福をめざして生きようとするなら、われわれは幸福がなんであるかを真剣に考えねばなりません。いかに生きるべきかについて哲学しなければならないのです。無反省な生活をつづけて、あとでその生活のむなしさに気が付いても、もうておくれなのです。” #本 #読書 #読書倶楽部 #読書記録 #本屋 #本棚 #本が好き #本の虫 #読書タイム #古本 #古本屋 #文庫 #文庫本 #活字中毒
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今まで、科学方面ばかりの本を読んでいたが、その中で科学とは正反対の関係という記述が多くみられた哲学について興味が湧いたので読んでみた。 哲学を身近に感じることができた。 古い本、そして哲学という難解な学門(っぽい)内容にも関わらず読みやすい本であった。 科学と哲学は補完する関係で...
今まで、科学方面ばかりの本を読んでいたが、その中で科学とは正反対の関係という記述が多くみられた哲学について興味が湧いたので読んでみた。 哲学を身近に感じることができた。 古い本、そして哲学という難解な学門(っぽい)内容にも関わらず読みやすい本であった。 科学と哲学は補完する関係であり、目的を決めるのが哲学でその目的を達成する為に科学を用いる。 どちらも欠けてはならない。 また、「幸福とはなにか」ということについて考えてみたいと感じた。 一通り読み終えてやはり学門的な哲学というものは必要かという疑問が残った。 もちろん、一人一人の「人生観」を考えるという意味での哲学は必要だ。また、現代ではテレビやネットの普及により、それらを考えると内省する時間が減っているという事実は危惧しなければならない。 しかし、考えること全てが哲学だというのは強引すぎるのではないだろうか。全体を通して、科学的学問と比べて哲学が必要であるという主張が多く、肝心の哲学自体がどのような学問なのかという記述少ないように思えた。
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哲学と科学は決して相反するものではない。 それは哲学を目的、科学を手段として考えると分かりやすい。「これはこうあるべきだ」とか「こうしたい」という自身の価値判断である目的があったとしても、その手段が間違っている、あるいは考慮しなければ意味がないし、逆に事実関係から導き出した手段...
哲学と科学は決して相反するものではない。 それは哲学を目的、科学を手段として考えると分かりやすい。「これはこうあるべきだ」とか「こうしたい」という自身の価値判断である目的があったとしても、その手段が間違っている、あるいは考慮しなければ意味がないし、逆に事実関係から導き出した手段が確立されていたとしても、目的がなければそれを利用することはできないだろうし、何のための手段なのかもよく分からなくなってしまうだろう。 哲学(目的)があるから科学(手段)があり、その逆もしかりである。
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